闘病記の再構築 第13回

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荘子


 禅の生死解決との比較に、荘子の「えいねい」を引用しました。それは「万物の変化とふれあいながら安静でいる立場であり、万物と接触してはじめてできあがるもの」です。荘子は「えいねい」に到達する段階を『荘子』に書き残していますので、順番に書きだしてみましょう。


① 聖人の道を教えて3日経ってから、この世界を忘れることができるようになる

② 7日経ってから、万物の存在を忘れることができるようになる

③ 9日経ってから、自分の生きているのを忘れることができるようになる

④ 生きているのを忘れるようになると、はじめて朝徹(明け方の大気のように澄みわたった)境地にはいる。

⑤ 朝徹の境地にはいると、はじめて対立のない絶対の立場をみることができる

⑥ 絶対の立場をみると、はじめて古今の差異を消すことができる

⑦ 古今の差異が消えてから、はじめて生もなく死もない境地にはいることができる


 まず、私には①から④までのことが分かりません。「世界を忘れる」「万物の存在を忘れる」「自分の生きているを忘れる」とは何を意味しているのでしょうか。⑤の対立のない絶対の立場とは、万物斉同のことですから、合一体験をさしているのだと思います。そして、⑥の「古今の差異」という概念もよく分かりません。⑦の「生もなく死もない境地」とは訳本には、「えいねい」であると書いてあります。

 ①から③までは、それぞれ必要な日数が示されていますので、一段ずつ登るものと考えられます。一方、④から⑦までは日数が示されておらず、原文の接続詞は「而後(それから)」です。それは前後の連続性のうすい言葉ですから、一段上るのにどれくらい日数を要するか分かりません。

 もし、この考え方が正しいのであれば、③と④の間も「而後」ですから、③に到達後④に上れる日数も不確かです。とてつもない急階段かもしれませんし、とてつもなく緩やかな階段かもしれません。

 それでは順調に段階をふむことのできる③とはどのようなものでしょうか。③は「自分の生きている」と「忘れる」に分けることができます。しかし、前に述べた通りそれらの意味は分かりません。一方、①と②に目を向けてみると、対象は異なりますが、③と同様に「忘れる」があります。そのため、「忘れる」ということが、次のステップに進むための鍵であると考えることができます。それでは、「忘れる」とはどのようなことでしょう。

 『荘子』の現代語訳の「忘れる」は、原文では「外」です。「外」という文字を書誌学のように調べていませんが、福永光司訳『荘子』によると、斉物論篇の「喪」が「外」と同じ意味で使われているそうです。それでは「喪」とは、一体どのようなものでしょうか。


 楚の国の哲人、南郭子キが椅子にもたれているとき、ちょうど「喪」の状態にありました。そして、その姿を目にした弟子は驚きました。「どうなさったのですか。肉体は枯れ木のようですし、こころは冷えた灰のようです。ただいまのご様子は、これまでのご様子とはまったく違っていました。」弟子の質問に、南郭子キは答えました。「今の場合、私は自分の存在を忘れていたのだ。そして、天の笛を楽しんでいたのだ。」弟子は、人の笛や風の笛(風が洞穴を吹きぬけるときの音)なら何度も聞いたことがありましたが、天の笛は一度も聞いたことがありません。弟子はふたたび質問し、問答はつづきました。


 人の笛とは楽器のことです。笛が音を立てるには、背景に息をふきこむ人の存在が必要です。同様に、風の笛が音を立てるには、背景に(それを鳴らす)風の存在が必要です。しかし、天の笛はそのような因果の世界の外にあり、音それ自身の内にある原理によって音になるのです。

 話のながれから想像すると、天の笛を聞くためには「喪」の状態にならなくてはいけません。弟子は「喪」の状態になったことがないので、いまだ知らずということです。

 天の笛は、耳をすましても聞くことはできません。まして目をこらしても見ることはできません。(そうすることで実感できるものは人の笛、風の笛なのです。)身体を枯れ木のようにして、はじめて経験できる天の笛のありようは、まるで、万物を無為にしておのずから万物にしらしめる「道」のようです。


 不規則的で規則的なリズムは、混沌としていることで調和している。


 私は、老子や荘子が「道」と名づけたものは、そのようなものであると思います。そして、「道」が人間の原始信号系を音叉のように共鳴させる大自然のリズムだと思います。なぜなら、‘世界’に存在する様が正しい状態とは、‘世界’と私の調和だからです。

 この考え方は『荘子』大宗師篇の理解としてはおかしな点があります。しかし、諸々を考慮すると、私はこちらであると思います。



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