【社会人編⑦】塾講師から美術へ!がんこ職人との人間関係作り…

前編: 【社会人番外編】失意の退職…働かないって辛い…
後編: 【社会人編⑧】女性を活かせる会社作りの裏にある女の戦い

大学受験予備校から舞台美術へ


12月に結婚式を挙げて、

翌年1月から、

父親の経営する舞台美術の会社で

働き始めました。


クビになった時は本社で働いていましたが、

今度は製作の工場に配属になりました。


配属とは言っても、

「そもそも工場には製作担当の社員しかいない」

というのが配属理由なので、

仕事はゼロから自分で作る状態です。


わからないので、まずは掃除から始めました。

ゴミ袋を持って工場の中を歩きまわり、

質問しまくりながら、

工場の中を把握しはじめました。


「職人」の言ってることがわからない


「これは何?」と質問するものの、

何を言ってるのかわからないことが続出。


まず、専門用語が多すぎる。

そして、そもそも職人は

人にものを教える前提がないのです。


実際、打ち合わせも、よく聞いてみると

「こんな感じ」とか

単語のつぎはぎの言葉のやり取りで進んでいく。


参考資料として見せられた画像と

キャプションの文章が噛み合わないのに、

「ああなるほどね、わかった」と反応していて

ぎょっとしました。。


私が翻訳係としてよく駆り出されたのは、

縫製の仕事の職人である母親が

平成の新人に仕事を説明するシーン。


この道30年の経験豊富な母親からすれば、

平成の新人は、

とてもものづくりが好きとは思えない

創意工夫のできなさ。


いろいろな選択肢の中から

瞬時に最適解を選び出して

その思考回路を自由に話す母親。


そんな母と新人との間に入って

「授業」をしていました。



すべてが違う人達と人間関係を作るということ


そんな感じで、職人の思考回路と行動パターンは

いちいち理解しがたく…。

さらに社員のほとんどは年配の男性。

価値観も文化も違う世界。。


掃除の次はモノの管理業務を始めてみたのですが、

私には一瞬でできることを

職人ができるようになるのに

1年かかるのはザラでした。


職人たちは、私のことそのものも、

受け入れづらかったのだと思います。


私は相当せっかちなので、

この亀のような変化を

最初はかなり我慢我慢で乗り切っていたのですが


ただ同じ会社にいるというだけの関係性の人と

人間関係を作るのは

こうしてゆっくりと進むのが

むしろふつうのことと思えるようになりました。


特に私は、

「社長の娘」というタグは外せないんだし。


もちろん、そんな簡単には

受け入れることはできなかったので、

失敗も、ものすごく悔しい思いも、

たくさんしました。

自分の職業観をはじめとする

「価値観」と向き合ったのもちょうどこの時期です。




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【社会人編⑧】女性を活かせる会社作りの裏にある女の戦い

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