一番星

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 そのダックスでさえも、ぬいぐるみなのだ。

 だから道行く人は、私を頭のおかしい人だと思って見て見ぬふりをして、通り過ぎていく。ぬいぐるみを引きずり回して歩き、しまいには抱いて帰る。

 じゃないと、私はひとりでないことになってしまう。絶対に、孤独を裏切ってはいけない。

 そして、絶望も裏切ってはいけない。だから桜も、わざと見逃すのだ。本当は、その素晴らしさを知っているのに、ああ知らなかった、残念。と、わざと言って聞かせる。

 

 毎日、あの、幼いころに奪ってくれなかった孤独と、与えられた絶望に気を使って生きている。優しい存在だからこそ、私は自分以上に大切にしなければいけないと思っている。

 

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 寒い。

 夏。

 夏なのに、寒い。ニュースキャスターは、異常ですね、といった。記録的な猛暑です。熱中症にくれぐれもご注意ください。

 冷房が効き過ぎている、と思ったけれど、冷房なんてつけていないし、裸で寝てなんかもいない。

 私はファンヒーターを取り出して、スイッチを押す。生暖かい風が、足元からゆっくりと温めてくれる。

 あとで湯船に浸かろう。じゃないと、凍えてしまう。

 急いでバスタブにお湯を注ぎ、またファンヒーターの前に座った。

 幸福な少女は、私を見つめる。

「あなたも寒いでしょう。そんな恰好して。帽子なんか被っていたって、熱中症にはなるわ。ちょっと待っていて。」

 私はまた完璧なカフェオレを作る。

 寒さも熱中症も何もかもが支離滅裂な口実で、私はただ、彼女のために何かしてあげたかった。幸福な少女は、いつも悲しそうにしているのだ。

 

「どうしてあなたは、そんなに悲しい顔をしているの。」

 いつだったか、尋ねられたことがある。あの、間の悪い恋人に。

「どうしてかしらねぇ。」

 私はそれでも愛おしいと感じなければ、やっていけなかった。もう、ほとんど義務だった。そういう血なのだ。

「いつか、本当の笑顔が見られたらいいな。」

 そう言って帰っていく。

 ああ、なんて間の悪い男。

 そんなことを言ってくれるのなら、ずっと一緒にいてくれたらいいのに。

 彼もまた、私の持つ孤独にひどく緊張して、気を使っている。

 

 誰も、私から孤独を奪ってくれない。

 心の中で、そっと絶望する。

 そういう時、絶望は孤独に向かって、勝利の笑みを向けるのだ。

「喧嘩はしないでね。」

 私はすかさず咎める。その、繰り返しだ。それが、連続で、人生だというのなら、両親があっという間に死んでしまった理由もわかる気がする。つまらないのだ。

 

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 私は死を待っている。

 両親が、「じゃ、お先に。」と言ったように、私も、「じゃ、お先に。」と言って、死にたい。

 でも両親がどうやって死んだのか、思い出せない。確か、私も一緒だったはずなのに。どこかのバンジージャンプで、陽気に、こっそり紐を切っていった。

 

 死を待つ私に、孤独は訴えかける。わたしがいるじゃない。

 反して、絶望はうなずく。それでこそ人生の終わりとして、ふさわしい。ぼくがそのために今日まで一緒にいた理由だ、と。

 

 私は振り向いて、初老のおじいさんに尋ねる。

「ねぇ、おじいさん。どうやったら、私、そっちの世界にいけるのかなぁ。私も、絵の中に入ってみたいな。」

 そう言ったとき、なるほど、と思った。

 そうだ、私の絵を描いてもらえばいいのだ。

 私を描いてもらって、私を閉じ込めてもらう。そして、私は死に、私の絵は残り、孤独は寂しくないし、絶望は失望する。

 ああ、なるほどなぁ。

 私はダックスを抱きしめた。

 

 ああ、なるほどなぁ。

 私は、いつまでたっても、ずっと行き止まりなんだねぇ。

 私はどこに行っちゃったのかなぁ。

 

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