自分らしくを大切にする人生 その3 ~罪悪感を感じた大学時代の同性との初体験~

1 / 3 ページ

前編: 自分らしくを大切にする人生 その2 ~ゲイということは死ぬまで隠そうと、真剣に思っていました。~
後編: 自分らしくを大切にする人生 その4 ~何時間もかかって、初のカミングアウト~

4月に母校の北海道大学で行った意見交換会「ゲイとして自分らしく生きる」。



高校を卒業した僕は北海道大学文学部に入学しました。そこから7年間、修士を取るまでお世話になった大学です。

その北海道大学で、大学の恩師や、LGBTのことを研究されている文学部先生も一緒に、この4月に行ったのが「ゲイとして自分らしく生きる」という講座。

幼い頃からの経験や、大学時代の経験をたくさんお話しました。修士論文の指導教官の恩師からは大学時代の僕のことをいろいろ話してくださったのですが、

「そんなこと僕言いました?」

「それ本当に僕ですか???」

なんていうことのオンパレード。自分では本当に覚えていないものですね。


その時にもお話したのですが、今回は同性との初体験について書きたいと思います。

19歳の頃だったと思います。当時は伝言ダイヤルというシステムがあって、それを通じてあるゲイの男性と知り合いました。知り合ったというよりも、目的はセックス。出会ってすぐの人と僕はセックスをしました。


高校くらいから同性に明らかに性的な興味を持っていましたし、自分がゲイだという自覚もあったのですが、なかなか出会いもないし、自分がゲイだということも隠しとおしていた時期。

でも興味は高まるばかりで、19歳の頃に初体験をしたのでした。


しかし、それはただ罪悪感だけが残る経験でした。


行為におよぶまでは、ドキドキで、早く体験してみたかった初体験。

でも、終わった後は

「自分はなんて事をしてしまったんだろう。」

「こんな悪いことをしてしまって、絶対他の人には言えない。」

という気持ちしか残りませんでした。


通っていた北大には生協の食堂があったのですが、その食堂の入り口の風景がはっきり頭に残っています。

1人食堂に向かいながら、昨夜の体験のことを思いだす自分。

「これからどんな顔をして友達と会えばいいんだろう。本当に自分は恥ずかしい。」

そんな気持ちを持ちながら呆然と食堂の入り口を眺めていたのですが、その風景は忘れられません。


そのくらい、僕にはトラウマのような、罪悪感や後悔だけ残った経験。


なぜそんな風に思ったのか、今冷静に振り返ってみると、

出会い→付き合う→愛を育む→セックス

というのが僕の中でのセックスの「正解」のようなあるべき姿でした。


それが、ただ性欲だけでセックスをしてしまうなんて、

周りの友だちたちは付き合ったりしていて、きっと彼らは付き合って、愛を深めてからセックスしているはずなのに、自分だけこんな体験をしてしまって、

と自分を責めました。


ものすごく。


今思うと、セックスっていろんな形があって、恋人の間でもあるけれども、一夜だけの関係とか、興味でとか、性欲を満たすためにとか、いろんな形があってぜんぜんオッケーって思えるのですが、当時の僕はとにかく一つのセックスの正解があって、それから外れてしまったとしか思えませんでした。

みんなの読んで良かった!