SATCのキャリーに憧れていたOLの私が、週休5日で年収1000万円になるまで

1 / 2 ページ

毎日、ギュウギュウの満員電車の中で押し潰されそうになりながら、こんな風に思っていた。


「絶対に、この生活から抜け出してやる……」



来る日も来る日も、同じことを、飽きもせず考えていたあのころの私。



「あーあ、このまま結婚をして、子どもを産んで、家のローンができて……。

そうしたら、忙しい子育ての合間に家のローンのためにパートに出たりするのかな」


「どうせ働くなら、"自分にしかできない仕事"をしたいなぁ」


そんなことをモンモンと考える毎日。


「私は自分にしかできない特別な仕事がしてみたい。そんな存在になりたい! 

 私はきっと、こんなところじゃ終わらないはず!!」


でも、どうやってそこから抜け出したら良いのか、あのころの私には到底、見当もつかなかった。


あのころの私がはまっていたもの。

それは海外ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ(SATC)」。



画像出典「POP SUGAR.」Carrie Bradshaw, Sex and the City


主人公であるキャリーの仕事の仕方や生活を見ては「私も、あんなライフスタイルを送りたい」といつも思っていた。キャリーはマンハッタンに住むライター。ショッピングが大好き。仕事はいつも自宅の窓際のデスクか、スターバックス。好きな時間にパソコンに向かってる。平日でも、気のおけない友人たちとブランチをし、ショッピングに出かける……。


キャリーの生活は、一般企業の会社員で、人事や受付をしていた私の生活とは全くもって正反対。

自由な場所で自由な時間に、好きな事を仕事にしていた。



「どうやったら、あんな自由な生活を手に入れられるんだろう……」



途方もない理想を前に、私は呆然と立ち尽くしていた。


「まずは、このいまの現実の生活から抜け出さなくては……」


私がやっとの思いで導き出せた脱出方法は「寿退社」だった。

当時、付き合っていた彼氏との結婚を理由に、仕事を辞めたのだ。



「私にしかできない何か」を見つけたかったOL時代


少し話を戻してOL時代、満員電車に揺られながら悶々としていた私は、

とにもかくにもまずは「私にしかできない何か」を見つけなければと、当時興味のあったエステやアロマテラピーのスクールへ資料請求したり、会社が終わってから説明会に出かけたりしていた。

その頃、いつも仕事の空いた時間に


「白くておしゃれな、自分のこだわりがたっぷり詰まったサロンで、素敵なお客様をお迎えする。

 そんな仕事がしたい……」


と日々妄想していたのだ。

でも実際、美容関係の仕事の説明を聞いてみても、自分の中で「ピン」とくるものがなかなか無い。


そんな折、高校時代の友人が結婚をし、2次会の幹事を頼まれた。当日の進行役もしたところ、ゲストの人から「プロですか?」と声をかけられたのだ。それも何人も。

「これだ!」と思った私は、すぐに司会スクールに申し込む。もしかしたらこの司会の仕事こそが、私にしかできないことかもしれないとも思った。


そして、数ヶ月後、ブライダルの司会者としてデビューした。寿退社する半年前くらいだったと思う。

20代中ばから30代前半まで、8年ほど司会者の仕事を続けたけれど、心から好きになれる仕事かというと、そうではなかった。仕事の前の日は緊張で眠れないこともたくさんあったし、今日こそは失敗するかもと、いつも不安で仕方がなかった。


28歳になった時に、私は「好きなこと」を仕事にできないかとふと考えた。OL時代に妄想していた「自分だけの白いサロン」の夢も、諦めきれずにいた。




私の好きなことといえば、「服」と「お買い物」。外見に異常なほどのコンプレックスを持っていた私は、自分自身を洋服で着飾ることでバランスをとっていた節があった。だから20代前半までは、一般女性が洋服につかう10倍近いお金をつぎ込んでいたと思う。

そういう経験をしていると、街行く人を見ながら「あの人は、もっとこういう服を着たら似合うのに」と思ったり、同僚の着こなしを見て「うーん、惜しいなあ」と首をかしげることがある(口に出しては言わないけれど)。

この世の中には、洋服を買うこと、選ぶことが苦手だという人もきっと少なからずいるはず。そういう人の買い物について行って、選んであげるという仕事をするのはどうだろう!と考えついた。

自分的には斬新で、かなりナイスなアイデアだと思った。

それを、意気揚々と当時の主人に伝えた!


「こんな仕事を始めようと思うの!」と。

すると、主人からの答えは「よしみはペテン師か」だった。


「は!?!?」となる私。


 「だって、『たぶん私、オシャレかも』っていうプロでもないよしみに、誰がお金払って服のアドバイスしてもらいたいと思うわけ?」と。

ごもっともである……。私のアパレル関係の経歴は2年間の販売員経験だけだ。


「でも、みんなに、『よしみは洋服選ぶの上手だね』ってよく褒められるし!!! 普通の人の10倍は洋服にお金かけているし!!!」と反撃する私。


「はいはい……」とたしなめるだけの主人。


それでも、あきらめられない私はなんとなくの思いつきでブログを立ち上げてみる。

ブログは無料ではじめられるから、お金をつかう心配もないし、書くことだったら私もできる。実際にお客さんからの反応を見て、確かめてみようと思ったのだ。


そうして、「私と一緒にお買い物いきませんか。アドバイスします」というブログを始めることにした。


合計10記事ぐらい、「コーディネートの気をつけ方」から「お買い物のコツ」まで、自分なりに記事をあげてみた。しかし、ブログを見に訪れてくれた人の数は、1日1人いればいいほう。

よってこのブログは、ほとんど誰の目にも止まることなく、自然消滅した……。


「アパレルの経験は2年間の販売員だけ、ましてや資格もないとなると、やっぱりだめなのかなぁ。」

「……そもそも、本当にこれってビジネスになるのかなあ……。うーん……」


後日、このことを司会者の先輩に相談してみた。

すると、

「ご主人の言われることは、ごもっともだよね。だったら、あれなんかどう? カラー診断とかあるじゃない? 資格を取って、似合う色とか診断してからアドバイスしたら説得力あるんじゃない?」


そうか!! それは良い考え。

私も昔、矯正下着を勧められたときに、カラー診断をサービスで受けたことがあるから、内容はなんとなく知っていた。その時は、確かに説得力があった(下着は高くて買わなかったけど)。


それからインターネットでいろいろ調べてみると、私が超斬新でかなりのナイスアイデアだと思った「お買い物についていく」というサービスは、すでにたくさんの人が仕事にしているということがわかった。


「なーんだ、もうやっている人がこんなにいるんだぁ……」

と一瞬思ったが、

「ちょっと待って……こんなに仕事にしている人がいるなら、需要があるわけだし、いける!!!」

と確信。


その後、無事にパーソナルカラー診断と骨格診断の資格を取り、自宅で女性のためのスタイリングサロンを始めた。

今から6年前、2010年の春のこと。

事業計画書も銀行からの融資の借り入れも何もない、私の小さな小さな起業人生のはじまり。



司会者・会社員・起業家・主婦の4足のわらじ。でも、楽しかった。


まずはお客さんに来てもらわないと! と私は毎日ブログを書き続けた。


著者の宮本 佳実さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。