語学学校の目と鼻の先に、タリンの国立図書館があった。そこでお話しさせていただいた司書さんに、エストニアで必ず行くべき場所は何処なのかを聞いてみた。その時に彼女がオススメしたのはラヘマー国立公園だった。

エストニア国立図書館の職員の方。エストニアの自然が大好き。
それを聞いて以来、僕もラヘマー国立公園には行ってみたいとずっと思っていた。
でもいくらネットを検索してもタリンからラーへマーまでの交通機関が見当たらない。バスも鉄道も出ていないようだった。高いお金を払ってバスツアーに申し込むという手もあるみたいだけど、それも何だかイマイチ気乗りがしない。50キロ以上離れているのでタクシーはもちろん高い… 徒歩や自転車は無理。

いつもは頼れるグーグルマップのルート検索も今回は何だか心もとない・・・途中からまともなルートが表示されない。(※徒歩だとちゃんとルートが表示される。自動車では入ってくるなということか)
そんな折にスイス人の友人 ダリオからfacebookメッセージが来た
ダリオ「ラへマーに行かないか?」
僕「ラへマーって国立公園のラヘマー?」
ダリオ「そうそう」
ダリオ「新車買ったばかりだから、運転したくってさ~」
そうなんだ!それは願ってもない申し出だ。もちろんすぐに快諾した。
数日後の朝、僕はダリオとの待ちあわせ場所に向かった。待ち合わせ場所には、ワインレッドのハッチバックとダリオが待っていた。
「ありがとうありがとう!」
僕たちは握手をしてすぐに車に乗りこんだ。 乗り込んだ瞬間すぐに座席を間違えたことに気づいた。 「あっ、助手席は右か。」ヨーロッパの車はほとんど左ハンドルだったのを忘れていた。海外滞在初心者がまず全員遭遇するであろうミスだ。気を取り直して助手席に座り込み、シートベルトを装着。
ダリオ「いざ、ラーへマー国立公園へ出発だ!」
※アイコンでは飲んでいますが、実際には運転前に酒は飲んでいません
出発すると、早速ダリオがCDを流し始めた。一曲目に流れてきたのはなんと日本の電気グルーヴの「かっこいいジャンパー」だった。
以前ダリオと話したときにお互いに知っている日本の音楽の話をしたので、彼が気を利かせてくれたのだろう。有り難かった。
日本の曲は一曲目だけで、CDの二曲目以降はずっと知らないハードロックだった。ヨーロッパの人はダリオの他にもハードロック好きがとても多かった。
ハードロックを聴きながら東へ向かうなか、ダリオが愛車の説明を始めた。シュコダというチェコの自動車メーカーの車であること。フォルクスワーゲンに買収されてから品質が飛躍的に良くなったこと。新古品なので厳密には新車ではないが、ほぼ新車同様でもかなり割安に購入出来たこと。を色々と語ってくれた。
確かに良い車だ。内装の出来も良いし、オーディオもなかなか良い。乗り心地も良く、とても安定している。
僕「これでその値段ならとても良い買い物だと思うよ!」
ダリオは新車を褒められて嬉しそうにしていた。
僕には英語の語彙もそんなに無く、難しいことを言おうとして誤解を招いてもダメなので、とにかく車中では、率直に思ったことを言うことにしていた。
タリン市街を出るとすぐに見えてきたのは、たくさんのマンションや団地群だ。主にロシア系の住民が住んでいるらしい。ダリオ曰く「ロシア人は家よりも自動車にお金を使う人が多い」そうだ。それで一戸建てよりもマンションや団地を好む人が多いらしい。そういう民族性だそうだ。
その後ダリオはエストニア人についても色々と語っていた。
ダリオ「エストニア人はクレジットカードで何でもかんでもローンを組みたがる人が多いぞ。俺はローンなんて組んだのはこの車が初めてだけどな。エストニア人は何でもかんでもローンを組みまくる。」
だそうだ。ローンを組みまくるのって景気の良い新興国の人特有の発想な気がする。エストニアはユーロ加盟以降ものすごい経済成長が起こっていたから。少し経済が落ち着いた今もその頃の金銭感覚がなかなか抜けない人も多いのだろう。
ラへマー国立公園へはタリンから出て、そのまま東へ70キロだ。高速道路の法定速度表示は100キロ。ということは事実上120キロまでオービスが反応しないということらしく、ダリオはクルーズコントロールを110キロに設定して、そのまま東へ時速110キロでハードロックを聴きながらノンストップでひた走った。
マンション群を抜けた後は、高速道路の両側は針葉樹林に挟まれていることが多かった。たまに赤松の森も見えるけどエストニアでも松茸は取れるのだろうか?キノコ狩りがエストニアの名物レジャーの一つらしいが。
そういったことを考えていると、ダリオが突然車を急停車させた。いや、急停車だと思ったのは僕だけで、あくまでもあれがヨーロッパでは標準的なブレーキの踏みかたらしい。
ダリオによるとどうやら僕たちはすでにラヘマー国立公園の入り口を通りすぎてしまったらしい。
僕「えっ!?もう着いたの?」
曲がるべきところは数キロ手前にあった。そのままダリオはギャング映画のような急ハンドルをかましてUターンし、数分ほど戻って、再び急停車した。

遊歩道の入り口
あっという間に僕たちはラヘマーに到着した。
車を停め、 早速入り口からラヘマーの遊歩道に入る。しばらく歩いて森を抜けると湿原が見えてきた。

遊歩道とダリオ
遊歩道はキレイに整備されていた。湿原のわずか十センチ上に敷かれた木製の遊歩道を歩いていく。
ダリオ「足元を見てごらん」
僕「おお!これは!」
僕「コケだ!」
コケだ。これは僕が今までに見たことのないタイプのコケだ。コケといえば想像する色は緑である。でもここラヘマー国立公園の苔は緑色だけでなく多種多様な色をしていた。赤みのある苔からブルーの苔まで様々だ。それら様々な色の苔が混ざり合って足元に生息している。色合いはほんのりしていて、幾重にも変化した暖かみのある色を発している。とても優しい色合いだ。

赤色や黄色の珍しい色のコケ

写真の色の加減で少しわかりにくいが、地面の赤い部分は全て赤いコケだ
僕「こうやって見るとコケってなんだか良いなあ。長い時間かけて落ち着いたものの美しさというか。」
日本の京都にも美しいコケが見どころの神社仏閣がたくさんあったと思う。
こういう侘び寂びとか、静かなものに美しさを見出す感覚は日本人と少し似ているかもしれない。エストニア人のDNAにはわずかに日本人と同じモンゴロイドのDNAが含まれているらしい。そう言った意味でも、何か共鳴する部分もあるのかもしれない。
ーー僕たちは歩き続けた



空が湖面に反射してとても綺麗だ。
そんなやわらかな景色の中を一時間ほど歩くと、湿原は終わり、森の中へと入っていった。エストニア人が森ですることといえば「きのこ狩り」だ。近くを歩く家族連れのエストニア人の小さな女の子が「キ・ノ・コ・採れるかな♪」と歌を歌っている。そういう歌があるほどエストニア人はきのこ狩りが好きらしい。そういえばさっきも思ったが、たまに赤松が生えてるけど松茸は採れるのだろうか?気になったが「松茸」を英語で言えなかったので、知るすべは無かった。

きのこの森
きのこの森を15分ぐらい歩いて抜けると...
ーー海へ出た。

とても静かな海だった

僕はその海を見て驚いた。全く海面が波打っていないのだ。
僕「これ本当に海?」
波がないのだ。
ダリオ「シンヤ、海水を舐めてみろ」
言われた通り、指ですくって海水を舐めてみた。
僕「なんだこれは!?」
ほぼ塩味がしない。これが海水?本当に海水?
淡水が混ざった河口とかだったらわかるけど、海でこの味?
そしてその海では、波だけでなく風も全く吹いていなかった。
波もなくて風もない。
そういえばタリン市内でもあまり風を感じた記憶がない。
波無し、風無し、味無し
ここまで「無し」が続くと逆に凄い。自然界には当然あるはずと僕達が思っている自然現象と刺激がここでは全て無いのだ。
エストニアには地震も無い。
エストニアには高い山も無い。
他の国にはある色んな自然現象がここエストニアではとても穏やかだった。
こういったとても穏やかな自然がエストニア人の優しくて大人しい民族性を長い年月をかけて形成していったことはいうまでも無い。
エストニア人にとてもゆっくり、おっとりした人が多いのも頷ける。
この穏やかな自然にしてこの国の穏やかな人々あり。だ。
ラヘマー国立公園での自然と触れ合う体験を通して、このエストニアに住む、静かで優しくて穏やかな人々への理解を、より一層深める事が出来たと僕は強く感じた。

