母、帰る
昨日の出来事と母がどこに行ったかわからない状況にとても落ち込んでいた。
今日も行方が分からなかった場合、警察に相談しようと考えていた。
朝バイトに行く前、父に電話する。
母は帰ってない。
暗い気持ちでバイトに向かう。
午前中だけの勤務だった。
帰り際に父に再度電話。
母がいた。実家に帰っていた。
しばらくの間バイトを他の人に変わってもらうように手配し、
昨日の失態を取り戻すかのように私は実家に飛んで帰った。
父には
とにかく目を離さないでほしい
とだけ念を押した。
切符代ギリギリ足りた。
持ち金全部使ってとにかく実家へ急いだ。
ああ、お母さんがいる…
実家で母の姿を見て、思わず
どこ行ってたんだっ
と怒鳴りたかったのを飲み込んだ。
昨日からどんだけ心配したか、でもこんな状態の母を一人で帰したのは私だ。
自分の責任も感じていたため何も言えなかった。
とにかく、帰ってきてくれて良かった。
ほっとしたのを覚えている。
母「あら、あんた何で帰ってきたの?」
わたし「いいから、いいから。」
のんきな顔して言う母。
私は正直な返答は出来なかった。
心配で帰ってきた。という一言が言えなかった。
言うと、母に母がおかしいと直接言うのと同じのように思えたからだ。
まだアルコール依存症だと決まったわけじゃない。
医者に言われたわけじゃないし。
私が昨日、本見て勝手に推測しただけだ。
確定に限りなく近い推測なのだが。
運転する
母「どこか食べに行こうか。」
わたし「いや、いい。家にいる。家でいいじゃん。」
母「あんたが帰ってきてるから。行こうよ。」
わたし「いや、いいって。」
外食が好きな母は何かにこじつけて食べに行こうという習性があった。
母は私が帰ってきた、というのを理由に外に出たがった。
しばらくこの会話が繰り返され、しつこさに負けた私と父は外食することに応じた。
実家は田舎なので外食するためには隣町に行かないとお店がない。
移動は必然的に車となってしまう。
車を運転すると言ってきかない。
今日はお酒を飲んでないのを確認し、そんなに運転したいんならやったら?
と運転させた。
軽自動車に三人乗り込み、五分程経った頃から異変が始まった。
車内にはラジオが流れていた。
ラジオのチューニングはあっていた。
なのにラジオのチャンネルをひたすらずらそうと母が手をかける。
よそ見運転になるので車はフラフラ蛇行。
何度もラジオを触る手をどけさせ運転に集中するように注意した。
私たちがずっとラジオに手をかけるのをブロックしていると、
今度はエアコンの送風口をしきりに触り始めまたも蛇行運転。
危ないから途中から父に運転を代わってもらった。
助手席に座った母はまだエアコンの送風口を繰り返し触っていた。
どうしたの?と尋ねると
ハエがずっといるからさっきから払ってる
と言った。
え?ハエいたっけ?
いやハエなんていなかったよな…
?と思っているとビアレストランに到着した。
嘔気、嘔吐
母はビアレストランで父に大好きなビールを飲ませてあげたい、と思ったのだそう。
もちろんそういう場所のお食事といえばビールに合う油っこいものが多い。
レストランに入った瞬間ソースや肉の油などの混ざった匂いがした。
私は母と一緒にレストランに入った。
並んで歩いていた母が急に視界からいなくなった。
振り返ると母が胸を押さえて苦しそうな表情をしている。
その瞬間、母が急に嘔吐した。
量はそんなに多くはなかったが、黄色い液体をレストランの玄関の床に吐き出した。
ただ事ではないと思い、急いでトイレに連れて行った。
トイレに行くと、吐くものがなくなったのか、何も出なくなった。
母「もう大丈夫。行こ。レストラン。」
今、吐きましたよね?
大丈夫じゃないだろ。
もう帰ろう、と言っても私たちが何も食べてないのが気になるらしい。
行こうとしつこかったので本当にもう大丈夫なのかな?
とは思ったがとりあえず店内には入った。
母が突然吐いたことと吐物の処理とで私は食欲がなかった。
気が進まなかったがしぶしぶメニューを選んでいると、母がまた苦悶の表情となった。
気分が悪そうだった。
母「やっぱり、具合が悪い…」
ほら、やっぱり。
我々は何も注文せず店をあとにした。
幻覚

家に帰ると母がタバコを吸い始めた。
タバコを持った手で何かを払ったり、タバコで追いかけたりしていた。
わたし「どうしたの?危ないよ。」
母「ハエを追い払ってる。ハエがたくさんいるから。」
ハエなんていない。
さっきも車の中でハエがいると言ってたな…と思った。
どうも私と父には見えないものが見えているらしかった。
わたし「お母さんて最近こんな感じなの?」
父「うん…。この前は夜中に素っ裸で両手両足にスーパーの袋つけて四つん這いで床を払っていた」
わたし「…(驚愕)」
父「ゴキブリがいるから退治すると言って…裸で。」
わたし「ていうかそういうの早く言ってよ(怒)」
わたし「そういうの見ておかしいて思わんかった?」
父「おかしいて思うけど、どうしょうもないやん。借金で、なんもかんもどうしょうもないんよ…」
父が言うように、本当になすすべはないのだろうか?
私もどうすればいいのか分からなかった。
とりあえず、お母さんをお風呂に入れよう…
さっき吐いてちょっと汚れてるし…
お風呂場でも幻覚
落ち着きがないので目を離すとどこに行くか分からなかったのが心配だった。
お風呂に一緒に入った。
一緒につかって、背中を流して、髪も洗ってやった。
母はお風呂が大好きだった。
しかしその日はお風呂をいやがった。
早く出たいと駄々をこね、私が自分の頭を洗っている隙に脱衣所で着替え始めた。
わたし「ちょっ…ちょっと待って。お願いやからそこにいて。一人でウロつかないでよ!」
またどこかに行ってしまう、危ないと思った私は焦った。
適当にシャンプーした頭は洗った気が全くしなかったが急いですすいだ。
ガバッと脱衣所に上がると、母は素直にそこにいた。
ほっとした私は安心して体を拭いて着替えた。
しかし髪を拭くとき目が離れてしまうので、
下を向いたまま、髪を拭きながら母の姿を確認していた。
脱衣所から伸びる廊下の方を母はずっと見つめていた。
突然目をむき出したかと思うと表情がこわばり出し、体を震わせ縮こまり出した。
何かに怯えるように震えていた。
異変を感じた私は母を寝かせようと、一緒に部屋へ向かった。
母の手を引くと、震えていた。
脱衣所から出ることを拒否したが、なだめながらゆっくり部屋へ行った。
濡れた髪のまま母をベットに横にさせた。
まだ怯えていたので私は添い寝した。
ものごごろついた頃から親と別に寝ていた私は、母と寝るなどありえなかった。
こんなに怯えて、とても心配だったのだ。
一体何が見えていて、何に怯えていたんだろう。
それを知るのは母だけなのだが。
父と交代で見張りをする
母が眠ったと思っていたら、実際は目を閉じているだけだった。
眠っていない。
薄眼を開けて眼球がせわしなく動き、まぶたが痙攣していた。
添い寝する私を振りほどくように起きては座ったり立ったりする。
部屋は二階にあったのでウロつかれて階段から落ちたりしたらまた面倒だ。
父と交代で寝て母を見張ることにした。
母は寝たかと思えば起きたりしていたので、その日はほぼ眠れてなかったと思われる。
明日もこれが続くのか?
と言うより一生続くのか?
そうなった場合誰が母の面倒を見るのか?
こうつきっきりでは何も出来ないではないか。
もうこのまま元のお母さんには戻らないのか?
不安ばかりで私も眠れなかった。

