母を捜索
いつの間にか寝てしまっていた間に、母がどこかに行ってしまった。
例のどでかい紙袋はある。
電車もバスも動いてない早朝だ。
どこ行った?
タバコ買いに行った?
タバコは置いてあった。ほぼ一箱分。
近所を探してみようと家を飛び出した。
徒歩五分ほどのところにコンビニが2件ある。
どちらにも行ってみた。
いない。
どこに行ったんだろう。
どうしよう。
そういえばなんか昨日から変だった。
落ち着きがなかった。でも寝る前はそんなことなかった。
何が起こっているんだ?
わけがわからなかった。
家の周辺探しまわったがどこにもいない。
家に帰ってもいなかったらどうしよう。
私のせい?
昨日なんか変だったのに気付かなかったから。
どうしよう。
胸がざわざわしながら家に一旦戻った。
母「どこに行ったの?」
涼しい顔して言った。
家に居た。帰ってきていた。
ビールを飲んでいた。
わたし「どこ行ってたの!!!」
母「散歩…」
わたし「はあ?こんな時間に?何だこのビールは!」
母「あんたが昨日買ってくれなかったから自分で買ってきた。」
わたし「絶句」
そんなにビール飲みたかったわけ?
しかも早朝に…とは思ったけど
その時私はただ単に、飲みたかったんだろう。
として処理した。
まだアルコール依存症だとは気付かずに。
そもそもアルコール依存症という言葉は知ってはいたものの、
基礎知識がまったくなかった。
どういう病気なのか知らなかったし、これは病気だということすらも知らなかった。
異様に酒が好きな人のことをアル中と呼ぶのだと思っていた。
駅での奇行
私は夕方からバイトだった。
急に居なくなるような人を家においておくわけにはいかない、と危機感を感じた。
とにかく早く帰ってもらおうと説得した。
すると意外にも素直に、今日帰るよと言った。
本当に駅に行って帰るのか心配だったので見送ることにした。
母「レストランでご飯食べようよ」
やっと食欲が出てきたのだろうと思って私は嬉しくなった。
だいぶ体調が良くなったのかな?と思った。
新幹線の改札口に近いエリアに飲食店が4、5軒あったかと思う。
その内の一軒のお店に入った。
母「ビールください」
朝も家で飲んでたよね?
また飲むの?
と思ったが今まで飲食店に入ってお酒を頼まなかった日はなかったので、
ちょっと飲みすぎなんじゃないかな…とは思ったがそこはスルーした。
私がご飯を食べおわる頃、ビールは半分も減っていなかった。
しかし新幹線の時間がせまっていた。
自由席だったから何時の便に乗ってもいいのだが時間が気になって私は出よう、と促した。
母「もう行くの?」
わたし「何言ってんの?」
早く帰れよ、と言いたかった。
わたし「じゃあそのビール飲んだら行こうね」
母「わかった、わかった」
新幹線一本遅らせることにした。
何を話すでもない、肝心なことは聞いても話そうとしないから会話も続かない。
沈黙が流れる。
減らないビール。
わたし「もう飲めないんなら残したら?」
返答なし。沈黙。
ああ、うざい。時間がもったいない。
もうすぐバイト行かないといけない。
私は焦りだした。
イライラしてきた。
頼むから本当に早く帰ってくれ。
わたし「…店出ようか」
母「うん…」
レジに向かうと急に母はすっと店外へ出た。
必然的にお会計は私。
まさかあの人お金持ってないんじゃ…
でもさっき新幹線の切符買ってたよね?
とまた混乱させられた。
お金がどんどん無くなる。本当に嫌だった。
汗とふるえる手
レジをすっと出たのは、次の店に入るつもりだったかららしかった。
会計を済ませた私は母が隣の店に入るのを見かけた。
慌ててついて行った。
そしてまたビールだけを注文した。
母は汗が止まらない様子だった。
秋に近づきだいぶ涼しい気候となっていたのでおかしいなと思った。
ビールジョッキを持つ手が異様に震えていた。
わたし「最近体がふるえるの?」
母「そう。この前腕がふるえたと思ったら目の前が回りだして足もふるえだして怖かったからお父さんに病院に連れて行ってもらった。」
わたし「それで?」
母「なんともないって言われて帰った」
ふるえながらビールを飲んでいる。
しかしすする程度で全然減らない。
飲んでいる、というよりもう飲めないのに手に持ってないといられない、
という感じだった。
また次の新幹線の時間が気になった。
わたし「もう飲めないんだったら店出るよ(怒)」
したたる汗とふるえる手で母の病気のサインは出ていた。
でも私は減っていくお金とバイトに遅刻しそうなのとで焦っていた。
大汗をかきふるえながらビールを飲む姿を見られてるのが恥ずかしかったし、
昨日から奇妙な行動をする母が意味不明なのと今朝の失踪の一件で睡眠不足だったのとで
イライラがピークだった。
冷静に考えることが出来なかったし母のサインに気付かなかった。
アルコール依存症の知識が全くなかったのも致命傷だった。
早く治療が必要なのにこの今の状況から遠ざかりたい一心で母を一人で帰らせようとしていた。
母を帰せばとりあえず今のイライラからは解放される。
もう頭の中は自分の都合だけ。
母を気づかう余裕さえなかった。
ビールがまるまる残っていたが店を出ようと促した。
母は嫌がったが半ば無理やり店を出た。
母「もう一軒いいでしょう?ここに入ろうよ」
わたし「ハア?頭おかしいやろ」
もうキレた。
無理やり母を引っ張って改札口まで連れて行った。
そして無理やり母を改札を通らせた。
改札を通った母は振り返って悲しそうな表情をした。
そして近寄ってきて何十枚かの一万円を私に突き出した。
謎の大金だ。
お金持ってなかったんじゃなかったのか?
と思い突き返した。いらないと叫んだ。
母は半泣きだった。
なんで急にお金を渡そうとしたのか意味がわからなかった。
お札を握って母は行ってしまった。
私は あっ と思った。
母がこのままどこかで死んでしまう気がした。
胸騒ぎがした。
なのにこれからのバイトが気になって母についていけなかった。
ついていけばよかったと後悔する
バイトの間母が気になって手につかない状態だった。
私を見ていた悲しげな顔が頭から離れなかった。
バイトが終わってすぐ父に電話した。
母が帰っているか確認したかった。
十分帰り着いている時間ではあった。
しかし母は帰宅していなかった。
わたし「実は昨日からお母さんが来てた。お父さんには言わないでって言ってたけどさすがにこの状況で黙ってるわけにはいかない」
父「最近よく急にいなくなる時があったから…」
わたし「どゆこと?」
父「2、3日いなくなっては帰ってくる。プチ家出的な。」
わたし「そうだったんだ…」
父「だから帰ってくるとは思う。心配すんな。」
わたし「いや、様子がいつもと違う。ずっとお酒飲むし。」
父「酒は毎日朝からずーっと飲みよるよ。」
わたし「何でほっといてんの?」
父「とにかく家は大変なんよ…」
わたし「明日も電話する。お母さん帰ってきたら絶対電話ちょうだい」
まずい、絶対どこかでのたれ死んでいると思った。
あの時どうして一緒についていかなかったのか。
バイトなんかより母についていくのを優先すべきだったのに。
と自分を責めた。
そういえば遠い親戚がこの辺にいたのを思い出した。
そこに行ってないか探してみようと思った。
親戚の家に泊まるということは母はしない。
周辺のホテルに泊まる習性があった。
公衆電話から手当たり次第思い当たるホテルに問い合わせをした。
どこにも母は泊まっていなかった。
途方にくれた私は、とりあえず母の様子が気になっていたので本屋で調べてみようと思った。
もしかしたら、これが俗に言うアルコール依存症なのかもしれないと思った。
アルコール依存症って何なん…あんなに汗かいたりふるえたりするの?
本に書いてある症状が一致したらどうしよう…
とすごく怖かった。
家庭の医学
その当時はインターネットという便利なものがなかった。
そのため私は困ったら本屋に行く習慣があった。
そこは小さな本屋で決して多種類の書籍が豊富にある店舗ではなかった。
そこで簡易家庭の医学的な広く浅く掲載風の本の中にアルコール依存症を見つけた。
症状が母の症状と一致していた。
ああどうして今頃気づいたんだろう…
と気づかなかった自分を責めたし、あのまま母を一人ぼっちで改札をくぐらせたのも後悔した。
お願いだから家に帰ってきてください
ごめんなさい…
と謝りながら祈った。
床には母が置いていったウイスキーの瓶があった。
それを見ると昨日のことやさっきまでの出来事を思い出してしまう。
改札口で振り返った時のあの顔
お札を要らないと言って突っ返した時の表情が頭にこびりついて離れない。
その日は泣きながら眠った。
眠りは浅かった。


