フィンランドどうでしょう② ヘルシンキのおばあさんとヘルシンキ人の過激な洗礼 (エストニアどうでしょう⑫)

前話: フィンランドどうでしょう① 首都ヘルシンキでカウチサーフィンしてみる (エストニアどうでしょう⑪)
次話: フィンランドどうでしょう③ ヘルシンキで北欧的ミニマリズムを実体験(エストニアどうでしょう⑬)



エストニアから隣の国フィンランドへ (画像はポーランドボールより

親しみやすさと過激さを併せ持つヘルシンキ人


ヘルシンキに着いたのは夕方だったので、中心街のどこにも寄らずに、すぐにホストであるお婆さんの家に向かった。お婆さんには電車で来るように言われていたけど、適当にブラブラしていると駅から離れたところに来てしまったみたいだ。でもGoogle Map を使えば、例え初めて行った場所であろうとも、今いる場所に最も近いバス乗り場から目的地までの時間と距離を全て教えてくれる。ヘルシンキも例外では無い。便利すぎて恐ろしい時代だ。SFかな?


ヘルシンキに着いてブラブラしていると巨大な木のあるとても爽やかな公園を発見。



GoogleMapがあれば何処へでもいける。(対応してる国なら)


 Google Map のおかげで難なくお婆さんの家に向かうバスに乗り込んだ。ここまでトラブル無く完璧すぎて恐ろしい。チケットを買ったバスの運転手が無言な上に腕が刺青だらけだったことに一瞬怯んでしまった点以外は全て完璧だった。

 もちろんその後 Google Map の現在位置表示を見ながら正確なバス停で降りることが出来た。あーすごいな。テクノロジーの進化って・・・すごい!。

 いつも通り一人で現代テクノロジーの進化についてしつこく繰り返し感激しながらバスを降りると、そこはマンションや団地のある住宅街だった。でも普通の団地とか普通のマンションのはずが、なんだかとてもオシャレだ。道路と道路の間のむき出しの斜面に岩盤みたいなのがせり出してるけどその岩肌すらもオシャレだと思った。そういうところ含めてやっぱりフィンランドに来て良かったと言える。



岩肌がいい感じ。

着いたのはいいけど、正確な団地の場所がわからないなあ。現地の人に聞いてみるしかないなあ。


そこで近くを歩く人に聞いてみたのだった。

すみません... この団地に行きたいんですけど。


するとおばさんはしばらく考えて

多分こっちよ!

と一方向を指差した。


僕は「ありがとう」と言って、その方向に進んでみたものの住所に書かれた場所は見当たらない。しばらくしてまた別の通行人に聞いてみた。すると次は「たぶんこっち」とまた逆の方向を指差した。結局おばさん2人の意見を組み合わせても正確な位置はよくわからなかったけど、団地がこの付近にあることは間違い無さそうだった。

と思っていたら十字路を挟んで目の前にある団地が僕の探していたその団地だった。団地の番号と名前が探していたものと一緒だ。

ふう良かった。やっと着いたぞ・・・。迷い続けること無く無事到着できて良かった。

そう思って信号の無い十字路を渡ろうとした。


すると次の瞬間、一台の車が僕目掛けて突っ込んできたのだ・・・! 


僕<ウワーッ!!


本当は「ウワーッ!」と声を上げることも出来ないほどの恐怖だった。

僕はヘルシンキに来て早々交通事故に巻き込まれて死ぬのか・・・


すると車は僕の少し前で停止した。


車を運転していたのは人の良さそうな青年だった。青年は車内から

「ごめんごめん、さあどうぞ通って」

というジェスチャーをした。


僕はおじぎをしながら前を通ろうとした。


すると次の瞬間。

彼は再び通行中の僕目掛けて車を発進させたのだ!


僕<ウワーッ!!!!(走馬灯)


「今度こそ死ぬ。」そう思った僕はだったが、彼はまたもや車をほんの少し前で停止させた。



彼はまた車を停止させ、今度は満面の笑み

運転青年
ごめんごめん、ジョークジョークww

といったジェスチャーをした。

 命の危険を感じていた僕は数秒間、固まってしまい身動きがとれなくなったが、10秒後ようやく状況を理解してなんとかして十字路を渡りきった。

(人轢きかけといてジョークで済むかコノヤロー!)


 でもこれは本当にジョークなのだろうか? こんなジョークは聞いたことがない。だけど僕を車で轢くふりをした時の彼からは、馬鹿にしたような素振りや差別や憎しみの感情は微塵も感じられず、むしろ僕に対して本当に思いやりと親しみをたたえた顔をしていたのだった。

 そんな親しみの表現方法が人間界に存在することが全くもって信じられないが、考えれば考える程やっぱりあれはジョークだったのだという結論にしか至らなかった。恐ろしい。やっぱりヘルシンキは恐ろしい。そして期待できる。退廃的なBad Bad Boy の次は過激な青年・・・ヘルシンキにはやはり何かがありそうだ!

ヘルシンキは何かが違う・・・


 お婆さんの家にまだ到着してもいないのに、ヘルシンキの醍醐味を味わってしまった僕。本当にそれがこの街を代表する魅力なのかはわからないが、僕にはもう十分だった。あの退廃的なスタチューと前衛的なジョークで十分特異さは堪能しました。(皮肉ではなく。)

 そう思って目の前で早速繰り広げられた非日常から逃避し、半ば安息を求めるかのごとく、マンションの門にあるおばあさんの部屋のインターホンを押した。押すとすぐにマンションの門が解錠される音がした。門を開けて階段を上がっていった。するとそこにはドアを開けたホストのお婆さんが立って僕を待ってくれていた!

 僕は緊張よりもようやくまともな人に会えたという安堵感にホッとしながら「ハロー!」と言って握手をした。「ハロー!」彼女はそう返した。しかし齢70を超える彼女の握手は万力のように硬かった。エストニアの人もフィンランドの人も、北欧の人たちはものすごく力を入れて握手をするのだ。

 僕もそのことを思い出してすぐに強く握手を握り返した。一通り挨拶や自己紹介を終えた後、テーブルで彼女が淹れてくれたお茶を飲みながら話をした。

 現役時代の彼女はジャーナリストでヨーロッパじゅうを移動していたこと。それからお互いに興味のあるアートの話や家族のこと。僕がカウチサーフィンに登録したのが初めてで、レビューがまだ無いこと。レビューが一つも無いとカウチサーフィンをリクエストしてもなかなかホストから承認してもらえないこと。彼女がレビューのない僕のホストを申し出てくれたのは、そういった人に初めてのレビューを書いてあげて、今後のカウチサーフィンをラクにしてあげようという、彼女の心配りからであったこと。


ーーーありがたいなあ。とてもありがたい。


僕は感謝してもしきれないのはこの事だと思った。


話が終わると、彼女は奥の居間で本を読み始めた。僕は自分の部屋に入って毛布をかぶって横になった。10月のヘルシンキは少し寒かった。それに首都だけどとても静かだった。おばあさんの家はインターネットのない家で、僕のエストニアの携帯電話SIMも海外ローミングの問題で使えなくなっていたので、することが何も無かった。


ただ毛布に包まりながら静かに寝ていた。


しんとした部屋で毛布に包まりながら、僕はさっきのお婆さんの強い握手の感触を思い出していた。

北欧の人たちはものすごく力を入れて握手をする。握手が緩い時は相手を信用していない証拠だという。厳しい気候の中でお互い助けあって生きていく重要性から、自然とこういう習慣が育っていったのだと思う。


ちなみにフィンランドでは19世紀に人口の15%が命を落とすという大飢饉が起こっている。

グラフによるとその時期の平均寿命は10才を下回っている


これは恐ろしいことだ。でもこのような悲劇を体験したからこそ現在の制度が整った先進国としてのフィンランドの姿があるのだろうと思う。

このことがあったから高水準の社会福祉や多文化共生や Bad Bad Boy や 過激なジョーク青年 を生み出す土壌が出来たのだと感じる。

そういう悲喜こもごもの感情をミックスした結果、今の興味深い国フィンランドがあるのだと思う。

まあなにはともあれ、初日から色々あったけど、いま僕はフィンランドのお婆さんの家に無事到着し、ご厚意で泊めてもらっている。それだけでとても幸せだった。

お婆さんの家の猫が部屋に遊びに来た。

それにしても静かだ。

夜は更けていく。





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