世界旅後手持ち300ドル、家族も友人・恋人、時間もお金もすべて失い失意のまま帰国したバックパッカーが自分の夢を叶えてきた記録(6)
鉄板焼き職人への道
日本食レストラン、BENIHANAの小奇麗なキッチンでシェフ・ダルウィンは少し茶目っ気をふくめながらそう言いました。小柄で童顔なので、実際の彼の三十二歳という年齢よりも若く見えます。フィリピン人なのですがどちらかというと日本人のような顔だちをしているのでとても親近感がわきました。ケイシーは初日から温かくBENIHANAのスタッフに迎えられていることにほっとひと安心しました。
シェフメッシと呼ばれた背の高く黒いシェフ服に白いシェフ帽子をかぶったかなりイケメンのヨルダン人はパチッとこちらに向かってウインクをしてきました。ジェラールと呼ばれた細身の男性は大き目の目をくるんとさせわずかに猫背を後ろに伸ばして、好奇心の目でケイシーを見つめました。女の子達は皆、一様に黒いスーツ姿でこちらに向かって笑いかけました。
ケイシーが言うと皆は優しく笑いました。
ダルウィンはそう言ってケイシーの着ているダボダボの制服を見てふふっと人懐こそうに笑いました。
思いがけぬ優しいダルウィンの行動に、ケイシーは嬉しくなりました。
横からずっと話を黙って聞いていたシェフメッシが聞いてきました。
正直なところ、あれだけ上層部の人間ともめていたことが嘘のようにBENIHANAのスタッフは優しく、ケイシーはまるで別世界に迷い込んだような気持ちになっていました。
-まるで、新しい家族ができたみたい。
ケイシーは心の中で思いながら初日の夜を埃っぽいベッドの中で過ごしました。
-そうだ、明日になったら部屋の掃除をしよう。
むわんと長年積もった埃っぽい匂いに、真っ暗闇の中鼻の奥がむずむずとします。
そんな夜でも、ケイシーの中にはワクワクとした一つの希望があったのでした。
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