心友 【其の十一・昔の記憶】

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クロイワのベッドと思しきところに近づくと、クロイワの母親が笑顔で出迎えてくれた。その明るさというか陽気さは昔と何も変わっていない。

「遠い所大変だったね~」

そんな言葉をかけられただろうか。そしてベッドの方に目を向ける。

「ビックリしたでしょ!?」

母親の声は一瞬にして遠のいた。あまりに変わり果てたその姿にすべての思考回路が止まってしまった。


決して楽観的な気分で新幹線に乗っていたわけではなかったが、それでもここまでの状況になっているとは想像すらしていなかった。あまりに変わり果てていたクロイワを目にして、気がつくと涙がこぼれていた。

哀れんだわけでもない。悲しかったわけでもない。どんな顔をしていいかわからなかったが、せめて笑顔を作ろうと考えた。しかし笑顔を作ろうとすればするほど涙は止まらなくなった。

そっと奴の手を握る。奴は泣いているのか笑っているのか。そのどちらも当てはまるような表情をしていた。

失敗した手術の影響で身体機能だけでなく言語障害を抱えているため、何かを一生懸命に伝えてくれようとしているのだが、うまく聞き取れない。こちらから「あれか?それか?どれだ?」と何度も聞き返しながらYES・NOで答えを求める会話が続く。

それと記憶も一部抜け落ちているようだった。ある一定期間の記憶だったか、最近のことを思い出せなくなっていたのかまでは詳しく覚えていないが、記憶障害を患っていたことは確かだ。

そんな不都合な状況下での会話が続く中、昔の話になると奴の反応はすこぶるよかった。笑っているのがよくわかる。幼いころのたわいないくだらない話が、奴にとっても自分にとっても一番の気付け薬になっていた。

カセットデッキに向かってラジオトークまがいのことを喋りながら録音したこと。当時仲間内で流行っていた意味不明なフレーズ。中味のない、本当にどうでもいいことだけはお互いよく覚えているものだ。今がどうであれ、昔の記憶で互いの絆がしっかり繋がっていることがわかった。それだけで満足だった。


病室にいたのは30分だったか、1時間だったか。とても不思議な時間を過ごした気がする。そして、この時もっと色々語っておけばよかったのかもしれないと後悔することになるわけだが、そんなことは知る由もない。

どこか他の病院に転院して奇跡が起きてくれればそれでいい、いや奇跡は必ず起きるはずだ。それだけを考えて新潟を後にした。


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