1月の3話 フランス語の授業を受け始める

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 1月から私はフランス語の授業を受け始めた。正規の学校ではなく、移民の人たち向けの学校だ。生徒一人一人、収入次第で学費が変わる。もし全然収入が無ければ、半年で20ユーロ(2500円位)という破格なのだ。年末に、水を含んだ雪が道路を覆っているような日に、申し込みのオフィスを探してうろうろし、3度程は、なぜかオフィスのドアが開いていないという無駄足を踏んだりして(多分、午後閉まるのがすごく早いとか、たまたまお休みの日だったとか、ランチタイムだったとかそういう理由だったんだろうと思う)、申し込みだけでもすごく大変だったのを覚えている。それでも諦めずに申し込みをしに行ったのは、つまりそれだけ、私の「フランス語を習いたい」という切迫感が強かったということの表れだったと言えるだろう。

 申し込んだ次の週あたりにレベルチェックのテストを受けに行った。「週末に何をしたか仏作文せよ」、という問題だったが、3行書いてギブアップ。確か、「マルシェ(市場)に行った、野菜を買った、ちっちゃいコーヒーを飲んだ。」それくらいをやっとこさで捻りだしたんだったと思う。それも綴りは怪しい。活用も怪しい。「買う」とか「飲む」とかいう動詞も知らなかったから、使った動詞は英語で言うならtake、have、goに当たる動詞の3つだけ。結果は予想通り、一番下のクラスだった。

 1月上旬、第一回目の授業の案内がポストに届いた。この案内の紙、フランス語の授業の案内だというのに、その紙はフランス語だけで書かれている、そこに矛盾を感じざるを得なかったが、これも授業の一環なのだろうと自分を納得させて、辞書で1単語ずつ逐一訳して、なんとか意味を取った。授業は週に2回、2時間ずつ。火曜午前中と、金曜午後らしかった。

 授業は、仏会話のテキストブックに沿って、場面設定のある会話をCD音声を聞きながら進めていく形式だった。最初の授業は「ボンジュール」。次は「私は日本人です、誕生日はいつです、何歳です、どこどこに住んでます」、とかの自己紹介。後は、カフェでのオーダーの仕方、人の身長の高低、髪、肌、目の色の表現、マルシェでの買い物のやり取り、道に迷ったときの尋ね方、などと続く。

 この授業で学べたものは多く、大変役には立った。しかし授業自体は、これまた大変なストレスに耐えなければならなかった。なぜなら、授業の全てがフランス語のみで進むからだ。教師は英語を喋れるけれど、敢えて使わない。分からない言葉で説明を受ける、この、ストレスが、どれだけストレスか。最初は10人ほどもいた受講生が、最後は2人になったことが証拠になるだろうか。講師が前で、ペラペラとテキストのことや世間話を仏語で喋るのだが、クラスの中で一人でも理解できた人がいれば、皆分かっていると思うのかのように、教師は授業を進めていくのだ。分からない方(私)は、全く何を言っているのか分からないために、質問することさえ出来ない。絶えず、宇宙語を聞いているようなものだが、宇宙語を何時間聞いていても、宇宙語が分かるようになるはずが無い。これでは研究所で壁の花や人魚姫になっているのと何ら変わらない……。それでもなんとか、言葉の端を拾おうと宇宙語をじっと聞くのだが、頭が痛くなる、とはまさにこのことで、いつでも眉間に皺が寄っていたと思う。

 絵でも使ってくれれば少しは分かるのに、今日はこの単語を使っていくよ、と最初に言ってくれさえすれば、少しはヒアリングのし甲斐もあるのに、教師はそこのケアには気付かない。教えるプロではないのだ。

 授業料は安いのだし、それなりといえばそれなりだろう。でも、自分の利益になるようにしなければ、何より時間がもったいない、そう考えた私は、あるとき、ペラペラ進む宇宙語の授業を自分のレベルに合わせてもらうために、「それは何ですか」「それはどういう意味ですか」という仏文を覚えて授業で使った。この戦略はうまくいった。フランス語で質問されれば、教師は無視できず、ちゃんと逐一答えてくれた。(人柄はいいのだ。)しかしその説明はやっぱり仏語で返ってくる。やっぱり終始眉間に皺を寄せることには変わりなかった。

 少し先の3月のことになるが、本気で仏語を習得しよう、と決心してからは、毎日かなりの時間を掛けて、部屋で自分で勉強した。授業のテキストと、インターネットでアクセスできる教材を利用した。そうして覚えた単語やフレーズを、授業で教師相手に試してみる、そういう利用の仕方をして、自分で自分の仏語レベルを伸ばしていった。


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2月の1話 思うように進まない研究

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