1月の2話 言葉が通じない生活

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 言葉が通じない生活によるストレスは、私の留学生活を語る上で欠かすことは出来ない。


 恐らく、どの留学生にとってもそうだろう。言葉が通じるという日本での日常がどれほど楽なことだったか、言葉が通じなくなるとその生活がどれほど不便になるか、この体験は実際に海外で生活する必要があった人でないとなかなか分からないのではないか。言葉が違う、ということが本当に腹に落ち、言語に対する認識がまったく変わった。旅行の長期滞在とは別である。旅行なら、いよいよ困ればホテルに引きこもっていればいい。しかし私は、ここフランスにいる1年間で研究成果を上げなければならなかった。引き篭もっていてはいられなかったのである。


 例えば、フランスに3ヶ月以上滞在する場合はビザが要る。私の取ったビザは、到着後2ヶ月以内に役所へ行って、滞在許可証を申請しなければならない。そのためには、どうしても市役所へ行って手続きしなければならない。ブレストの市役所では、基本、英語は通じない。いや、たまたま通じるときもあるが、まず、英語でもいいか、と聞けば、断られる。カタコトでもフランス語で喋ることを期待される場所だ。

 他にも、寮の管理オフィスも同様にどうしても手続きをしなければならない場所だが、基本英語は通じない。街のお店でさえも、たまに冷たく英語を断られる。


 当時、私はフランス語を全くと言ってよいほど知らなかったので、そんな場所に行かなければならないときは、自分が言いたいことをインターネットの翻訳サイトで調べ、書き写してから向かっていた。日本で買ったフランス語対応の電子辞書もいつも持ち歩いていた。

 それで間に合うときはいいが、もし複雑な話が必要になれば、フランス語のできる友達や先生に頼んで一緒に行ってもらわねばならない。言葉が通じないということは、そんなふうにいつも誰かに助けてもらわないといけないということだ。自分の用事が自分の責任でできないもどかしさは大きかった。


 普段の生活においてもストレスは蓄積される。

 例えば、ある日、バスに乗っているとき、降りたいバス停でドアが開くの待っていたのに、なぜかドアが開かなかった。そのとき、フランス語で何と言えばいいのだろう? 結局思いつかず降りられなかった。そんなときは「ら・ぽると(ドア、という意味)」と叫べばいいよと後で同僚に聞いた。

 またある雪の日、バス停でバスを待っていたら、見知らぬ人がバス停にやってきて、何かフランス語で告げて去って行った。一緒にバスを待っていた人たちは一斉に解散。一体さっきの人は何と言っていたのだろう? 

 このように書けば小さなことのようではあるが、自分の希望を伝えられない不満、周りの状況が分からない不安が、度々起こるのを想像して欲しい。


 フランスに住んでいる以上、フランス語が分かるようにならなければこのストレスからは逃れられない。日常生活においても、周囲の人が当たり前にできることが、私にはできない。常に制限のある生活を送らねばならず、何事もうまくできないという気分がついてまわる。

 一方、研究するにあたっても私の英語力は十分なレベルではなく、英語力を上げることも急務、研究自体についても、1年間でそれなりの成果を上げなければ卒業が危ういという状況があった。

 結局、私は留学中、英語も、フランス語も、研究も、力を入れてやらねばならないわけだが、1つに力を入れれば、どうしても他の2つが疎(おろそ)かになる。この葛藤は留学中ずっと私を苦しめた。


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