⑧幼き日の傷が残したもの…
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⑦幼き日の傷が残したもの…
事務所であてがわれた仕事の受付票を持ち、指定された工場行きのマイクロバスを探しあてると、恐る恐る乗り込んだ。
見回すと男性ばかりで、一番前に中年の女性がひとりいるだけで、私の年頃の女の子はいなかった。
初めてのバイト先で、何処に行くのかもわからず、緊張で身を硬くして座っていた…。
間もなく薄汚れたコンクリートの工場に着いた。幸い私の仕事は、ベルトコンベアーの上の印刷物を、一枚にばらす単純作業だった…。
夢中になっていると、事務服を着た女性が『お弁当頼みますか~?350円です~!』と廻ってきた。
私は行きの電車賃しかなかったので、持金はない…いいです~…と答えた。
昼休みになり、皆が昼食を取る中私は外に出た。
フラフラと工場の塀づたいに歩いていると、後ろから声をかけられた。
『どっかに食べに行くの~?、行くならソコの図書館の食堂いいよ~!』
…とマイクロバスの中見かけた、人懐っこい笑顔の男の人が…
私は一瞬なんと答えようかと…
口から出てきたのは
『私今、お金ないんです~!』
と…正直に言ってしまっていた。
すると彼は少し驚いた顔をした後、
『ほんじゃ貸してやるよ!あそこ安いし凄い旨いんだよ~!』と、前から約束してたみたいに私を促した…
私は迷ったが、少し言葉に訛りの残るその人に甘える事にした…。
二人で美味しい昼食を取り、午後の仕事にも夢中で励んだ…
やがて
仕事が終わって再びマイクロバスに乗り、事務所に戻り、各地から戻って日当を貰う列に並んだ
無事、1日分の日当を貰うと彼の姿を探した…。
見ると足早に駅に向かっている後ろ姿が…
急いで追いつき、借りた昼食代を差し出した。
すると彼は手をヒラヒラさせ、
『いいよ~おごりだ!お疲れさん!』
と言うと、人混みに消えて行った…。
場違いなバイトにひとり来て、昼食代もない私に奇異なものを感じた?
哀れに思った?(笑)
でも私は少し照れた彼の笑顔に、暖かいものを感じて、その日の緊張が溶けていく気がした…。
それからも、私は本当に沢山の人に助けて貰った…。
赤の他人が、何も返せはしない私に、信じられないくらい手を貸してくれた…。
ピンチになると不思議と誰かが、手助けにあらわれた…
だから私はやってこれた…。
荒む事なく、生きてこれた…
続く…
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