人生化けたて

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40代半ばともなれば、俗に言う熟れ女(ウレジョ)

私が勝手に命名しているのだが、時代や天気が移り変わるように、

女性の心理も思考も感性も、自分が気付かないだけで、

物凄く日々進化し、研ぎ澄まされているに違い。

全く藪から棒に、無意識の潜在的意識の淵で、

何か無形の化け物が棲みつき、今日も何やらザワザワと何かを探しているように。

言葉では言い表せない絶望と、諦めという名の開き直り、でも信じていれば

いつかきっと、私にも起こるであろう憧れという名の落し物を見つけ、

今日もルーチンに回るメリーゴーランドに跨り、アップダウン繰り返す。

お腹には見知らぬ変身ベルトとも言うべき二重の化けの皮襞が、

ミニペットボトルを装着した時のような、ポチャポチャとリズミカルに跳ね上がる。

今日も夢想ヨガエクササイズに汗と口惜し涙を流し、追いかけていた白馬に、

ウッカリ自ら跨り、押し潰してしまったと気付く。

二日酔いには効く、酔い醒ましだ。

そんな不思議な40代ウレジョ。

ポチャポチャと揺れていたのは、酸いも甘いも知ったはずと思っていた経験値は、

今や時代遅れのトップアイドルの自愛と、不要扱いされたくない昭和の矜持だったのか。

今日も指先だけの美辞麗句に、上手くLINE返信できず、怒る事も叱ることもできない。

遠くに見える長きトンネルの穴を、手探りで前屈放心生きてる屍状態の私。

なりたかった自分、無邪気に飛び跳ね喜ぶ自分、小さかった私は、何に向って

あんなにはしゃいでいたのだろう。

20年後のタイムカプセルに宛てた、自分へのラブレターは、今どこで

熟成されているのだろう。

いつでも敏感な私は、今何に遠慮して、夢の中でしかスーパーダイビングしなくなったのだろう。

一昨日は17才、昨日は25才、今朝方見た夢は、38才だった。

あの時流した涙の味も、夜風が冷たく身にしみて見上げた下弦の月も、

今でもしっかりとこの目に焼き付いているというのに。

もしここが砂漠だったら、ラクダの背中に小さな小ちゃな金魚鉢程度のオアシスを

数十年で溜めた涙で作ってみたい。

何かあったらいつでも声掛けて!いつでも相談にも乗るよ!というテンプレート

ラブレターも、受信箱に指紋の痕も付くことも無いのだろう。

同じ人間同士なのに、目には見えない化け物が、オーイと手招き囁くのは、

人生荒野に佇む私の頬に、冷たくつき刺さる夜風のせいなのかな。

勢い余ってカサついた唇に付いた枯葉は、私に何を送信したがっているのだろう。

いつも両ポケットにワクワクを沢山詰め込んだ若者に、ジェネレーションギャップだとかと、

受けが悪い上司の嫌味愚痴のエクスキューズなら、もう丼ぶりいっぱい食べ尽くしたよ。

大事に大事に飴細工された敏感な私の心は、赤い風船に縛り付けて、あっと手を離した瞬間に、

太陽光線目指す事なく、曇り空に流れ消え去ってしまうのだろうか。

それではキラキラシートで包まれた、私の矜持が賞味期限切れで不味くなってしまうではないか。

それならオブラードに包み変え、丸見えになってしまっても、自分でナッツチョコを噛み砕くように、

カリカリと苦味が出るまで、ゆっくりと噛み締めたらいい。

成熟度の深みを確かめるように、ゆっくりとたっぷりと飲み干し封印してしまえば、

まだマシなのかもね。

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