⑩ 無一文で離婚した女が女流官能小説家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「彼の誓い・いよいよ油絵」

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前編: ⑨ 無一文で離婚した女が女流官能小説家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「彼のおいたち・修善寺旅行の出来事」
後編: ⑪ 無一文で離婚した女が、女流官能小説家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「ああ、肌色が消えていく」


 手紙がついたその夜、岡村は泣きながら電話をかけてきました。

「私たちの美しい思い出さえ汚してしまう。その言葉に俺は目が覚めた。あんなに楽しく美しい日々があったのに…次々と思い出されて、取り返しのつかないことをしたと気がついたんだ」

「もう二度と酒は飲まない。手をあげない。約束する」

 何回も誓った。

 それでも揺るがなかった私の心。

 それをくつがえしたのは、

「まち子がすすめてくれていた油絵を描くよ。ベラスケスの後ろ姿のような傑作を、俺たちで作り上げて残そう」

 私の琴線をゆさぶる言葉でしたーー。

 彼に私の姿で油絵を描いてもらいたい。

 それが私の悲願だったのです。


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 その頃、岡村は家を建て替えました。

 家のまわり道路が拡張されることになり、数十メートル先に移転になったのです。

 始めは引屋で屋敷が移動される計画でした。

 でも彼は、

「思い切ってこの家も新築しようと思う。特にアトリエを広く、計画して立て直したい」

 と言い出しました。

「それはいいわね、先生。このアトリエでは光線に苦労したもの…」

 新しい家の設計はアトリエにこだわり、14畳のフローリングにして、100号のイーゼルも立てられるように天井を広くしました。

 窓は出窓で坂道に面した道路側の西壁にとるしかない。

 絵は光と影で描くのです。それを実際に描いてもらって実感しました。

 光線がかわると影の位置が変わるから、たちまち描けなくなる。

 そこで、厚地のカーテンと白いレースのカーテンを2重にかけ、天井に照明灯を幾本もとりつけて、光線の位置を自由にコントロールできるようにしたんです。

 新しい家が建つまで。

 その間、とんてんかんてん、槌音の響く新しい建設地を通り抜け、数十メートルしかはなれていない古い方の家でずっと50号の巨きな水彩画を描いていました。



「帯と女」

 緋色の敷物の上に横たわった、長い黒髪の白い全裸の裸婦。

 裸婦の白い裸身のまわりには、黒字に色糸と金糸銀糸で刺繍された帯が絡むようにあしらわれています。

 3年がかりで描いている、50号の透明水彩の大作です。

 何回も何回も、気が遠くなるほど水彩絵の具を塗り重ねたこの絵は、日本画と見まがうような重厚で艶やかな出来でした。

 この絵が仕上がった時が、油絵の開始時、と約束していたんです。

 いよいよ新しい家が完成。

 まずイーゼルに「帯と女」を乗せたまま、ごろごろと新しいアトリエに運びました。

 キッチンに小テーブルと椅子を運んで、珈琲を入れ、ケーキを食べて二人で新築のお祝い。

 アトリエの出窓の下には、道に面して小さな花壇があり、リラの木とバラの花を持ってきて植えていました。

 そのリラの木は、毎年5月になると、あわい紫の花を満開に咲かせて、アトリエの窓辺一杯に揺れて私たちの目を楽しませたのです。


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