最愛のビッチな妻が死んだ 第3章

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日常01

「編集者としてアドバイスするなら、あげはさんの過去を調べて書いたほうがより面白くなると思いますよ」

「僕もわかってはいますが、……まだ無理ですね」

「キタハラさんは傷つくかもしれませんが、あげはさんの過去をする知人などを取材すれば、もっと深い原稿になると思います」


 この原稿を見せた友人の編集者にアドバイスを受けた。

 的を射た意見だし、僕が出会う前のあげはについて知っている人に情報を得る必要性は、この原稿を書く前から、むしろ一緒にいるときから感じてはいた。


 僕は、あげはの前の名前も苗字も知らない。本当はいつでも簡単に調べられるが、あげはがイヤがることをしたくない。僕は「小林あげは」としてのあげはと出会い、恋をした。名前や過去など、どうだっていい。世の中には「知るべきこと」と「知らなくてもいいこと」が溢れている。僕は僕が知るあげはを書き留めたい。

 残っているLINEのやり取りと、あげはのSNSの投稿。そして僕の記憶とともに、僕は僕が知るあげはを書き殴ることにする。


♢ ♢ ♢


 2月17日、僕があげはに出会った日、あげはのSNSにはこう投稿されていた。


「あげのアレコレ取材され中♡」


 交際1日目、2月20日には、プロフィール写真が僕との2ショットに変更され、僕とのことが記され始める。


「靴箱作ったお礼にイケメンに奢って貰った♡ てゆーか靴箱に入りきらない靴多過ぎ。初めて負けたかもーーっ」


 一応記しておくが、僕はイケメンではない。むしろ自分の外見にはコンプレックスしかない。兄貴に殴られて鼻は曲がったママだし、歯は長年の過食嘔吐と歯を喰いしばる癖ですり減ってしまい半分以下になっている。歯医者に行くと、すり減って神経まで達しているので、総入れ歯にするしかないとサジを投げられた。


「共輔は歯にコンプレックスがあるから、人前で笑わないんじゃない? もっとこう、ニーってしてみ」


 よく、あげはに自然に笑う練習をさせられていた。ねえ、あげは、僕は今自然に笑えているのかな。

 その日の午後3時、夜から飲みに行くために僕の家を出たあげはから、僕の画像が送られてきた。


「イケメンを隠し撮り」

「イケメンなのか……」

「あげ面食いだよ」

「変わったいい写真です」

「敬語がくすぐったいけれど、せめてあげはさんはやめて欲しいと」

「あげ」

「照れるけど多幸感。玉なんかより全然」

「ありがと」


 僕は品川で張り込みをしていて、僕も夜に飲みの約束を入れていた。そのことを伝えるとあげはから返事があった。


「あわよくば飲み会が終わってから(僕の家に)また居座ってやろうとしてたのに気付いちゃってた?」

「いいけど、家で1人で待ってて寂しくない?」

「ギター奏でてようかと」

「あ、ピック用意する」

「あるある。今度、ご飯でも作ってしおらしく待つ。あげ、ご飯作ったりするの好き。そして寂しがり屋」

「乙女な、不器用な人の印象」

「不器用? 失礼な。手先がとかじゃない意味なのはわかっているけど」

「なんか、尖ってるような」

「つまり?」

「器用に生きてるようで傷ついてる感じです」

「そう? まぁ傷つきやすいけど」

「まだ(付き合って)2日目だから、受けた印象だけだけど」


 嫌いな人に嫌い、好きな人に好きって伝えて生きることは、シンプルだが非常に根性が必要な生き方だ。僕はイヤなことを避けるために、ずいぶんと楽しいことから遠ざかり、損をしてきたのかもしれないと、あげはに出会って気付かされた。


「あと可愛いとかいっぱい言われてたい。甘えるのも甘えられるのも好き。土日にあんまりデートしたくない。納豆が冷蔵庫から切れると機嫌が悪い」


 僕は人の嫌いなもので人間性を判断しない。好きなものという物差しで人を測ってきた。


「好きなことや一緒にしたいことを教えてよ」

「料理と、ギターと、麻雀と、猫と遊ぶのと、映画観るのと、クラブと、旅行と、買い物と、セックスと、食べるのと、人に肯定されるのと、人に否定されるのと、写真撮られるのと、目立つのと、冬と、ヴィヴィアンとヒスとシャネルと、バービーと、しゃべるのと、手紙を書くのと……あとなんだろう。いっぱいあるな」


 好きなものが多い人はきっとイイ奴だと思う。嫌いなものが多い人はきっと不幸な人だと思う。話題は、一緒にしたいことに変わる。


「一緒にしたいことは、今までしたことあることも、したことないことも全部かな。いっぱい、一緒に、したいね。まずは、とか特にないかなーー。いずれ全部するし。共輔は?」

「僕は……自分が好きな音楽や映画や風景や料理、酒、空間を一緒に経験して、相手が同じようにつまんね~でも、気持ちいいでも、経験を共有したいな」


 僕は年を取り、ずいぶんと自分の主張の仕方が不器用なことに気づかされる。そしてこう結論づけておいた。


「相手が一緒なら心地いい、相手と一緒なら1人でするより気持ちいい、そんな関係がいい」

「意外なところだと、ケンカしたい。殴り合うくらいの。これは一年後とかでいいけど」

「喧嘩か。女子殴れないけど、どなんだろな……」

「セックスに飽きたら殴り合いましょう」


 まったく違う理由で、僕はよくあげはに殴られた。やっぱり反撃はできず、殴り合うことは叶わなかった。


「へー、まぁなんか、元嫁の写真を見たからかな。のんびりふんわり系が好きなのかと」

「元嫁だけが異色。自分の好みのタイプってわかんないし。系統って言うよりは、相手のこと好きって思うから付き合いたい、でいいのかな」

「あげは好みの顔っていうのはあるなーー」

「顔も、好みですよ」

「あげの話? やだ、照れる」

「うん」

「あげも好きよ。好きだから顔も好きなのかなーー。あげ、最初はちょっと苦手だったけど。顔じゃなくて」

「僕の仕事モード、イヤな奴だと思うよ」

「傷ついてるとか、悲観してるとか、弱いとか、なんか、そうですよ、そうですけど言われたくない人ってわかってて、言ってるな、みたいな」


 その通りだと思う。僕は人との距離の詰め方がヘタだ。取材のときはわざとやっている部分もあるが、プライベートだとより歪さが際立ってしまう。


「聞き出したい、っていう距離の取り方が出てしまう」

「そういう人は途中から適当に受け答えしてもう会わないんだけど、あまりにしつこいので本音もしゃべってしまったので」

「気をつけよ」

「嫌いなタイプから、全部を晒け出せる人に脳内変換されたのかな」


 その返事のあと、あげはからギターを弾く動画が送られてきた。


「奏でてます。まだまだだけど」

「張り込み終わった」

「早。出てきた?」

「相手の事務所に電話せざるを得なくなったから、撤収」

「そかそか。お疲れ様ーー」

「飲みが早く終われば……」

「ば?」


 あげははいつだって濁さない。直球の答えを求める。


「会いたいな」

「あは、いいよ! でも、荷解きとかしたいんじゃない? 無理はしないでね」

「9時半ぐらいには終わる予定。ムリはしたいときにはするよ」

「結構早いね。おうちで逢う? あげ相変わらずゲーゲーが止まらんので、ちょっと休むねーー」


 具合が悪いときのあげはは、いつも乱暴で素直だ。そして命令口調でも、実は正論しか語らない。


「好きだよ。もっと好きになって今までなったことないレベルまで狂ってみたい。惑星がいくつかなくなるかも」

「狂い咲ければ、散ってもいい」

「咲くけど散らないシステムの樹木ってことで」

「いいね」


 僕たちは当初から一貫して生き急いでなんかいない。いつだって永遠の幸せを求めていた。


「ね、明日帰り遅い? 太一とケンカして、家出してきたww」

「あら」

「解決しちゃったけど。くだらな過ぎるケンカ」

「解決したなら」


 喧嘩の理由は知らないけど、太一さんのおかげで僕たちは会うことができ、SEXをした。

 僕たちは何度もSEXをした。旅先で家でキッチンでお風呂で。あげはがリストカットした直後でも、他人が隣で寝ていても。


「して」


 喧嘩していて、僕があげはの求めに応じないとき、あげはは自分で処理する。

 背中を向けて体温を感じる距離から感じるその音が、不快で卑猥で悲哀に耐え切れなくなった僕はあげはを抱く。

 僕たちは寂しさを埋め合っていたのではない。お互いのケアをしてただけでもない。ただ、恋愛をしていただけだ。


 この時点で、僕たちそれぞれの人生の主人公は「僕」と「あげは」から、「あげはと僕」と、1人から2人に変化しつつあった。

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最愛のビッチな妻が死んだ 第4章

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