最愛のビッチな妻が死んだ 第8章
交際9日目 2月26日
今日、僕は初めて太一さんと会う。その親友のヤスシさんにも。仕事を終えた僕はあげはとともに指定された渋谷のバーへ向かった。
「後ほど」
「会うのが楽しみなのは初めてって。うれしいわ」
「今日は卒アルゲットのために電話かけまくり、久しぶりにマスゴミ仕事を……」
「マスゴミww」
「自分で認識してるけど、向いてないな~。こなせるけどw」
「あは、見てみたいな。こっそり」
「ぼち池袋だから、21時半前には到着できると思う」
「言っとくけど、ドラムの友達めっちゃ可愛いよ」
「たとえかわいくても、あげじゃないし」
どんな美女でもタイプでもあげはじゃない。似ている、似ていないの2つに分けたとしても、僕が求めているのはあげはだけだ。
「緊張とか、する?」
「うん、いつもしてるよ。今も」
「いや、太一と会うのが」
「今はドキドキよりワクワクもあるかも。正直、僕の知らないあげを知ってるのは羨ましいっつか……悔しいかな」
「これから共輔しか知らないあげが盛り沢山よ」
「あげしか知らない僕も、ね」
緊張よりも興味が優っていた。太一さんは人見知りな僕をフランクなノリで迎えてくれた。
「いらっしゃい。おっ、そのデニム、CUNEやん」
ウサギが入ったGパンにモヘアセーターという出で立ちもイジってくれるくらい、滑り出しから順調だった。
仕事のこと、あげはとのこと、自己紹介がてらの自分のエピソードを話し合った。当時、ヤスシさんはあげはのことがまだ好きだったらしく、まだ当たりがキツかった。
この日から、太一さんは僕たちのことをいつも見守ってくれた。僕とあげはの喧嘩も、僕やあげはが落ちていた時もずっと。世間的に偏った慰め方もあった。僕の中では「頼れる兄貴」であり、「心許せる最高のお父さん」で、家族であることは今も変わらない。
全員が思っていることはひとつ、「あげはを幸せにできるのか」。
そして、僕たちは日暮里のあげはの家から少しづつ、あげはの荷物を僕の家に運び出した。
あげはのSNSには、2人で映った影の写真とともに「あと空の写真とラテアートの写真があれば完璧な痛い子になれる」と綴っている。コメントの「2人の人差し指と親指で作ったハート」のリクエストにも応じた。
僕たちは幸せのジェスチャーではなく、幸せの中にいた。
交際11日目 2月28日
前日、僕の知り合いのライブを観に行った。そこであげはをちゃんと「彼女」と紹介しなかったことをあげはは怒っていた。
「寒い? 大丈夫?」
「機嫌は悪いよ!」
「ゴメン……次から気を付ける」
「さて問題です! あげはなんで機嫌が悪いでしょーか!」
「彼女と紹介しなかったから」
「おぉ、正解です!」
「個別には教えてあるんだけど……まだ照れくさくて。ゴメン」
「でも傷付くの! 乙女だから」
「次からはちゃんと紹介する」
前の嫁の時からセフレと顔を出していた僕は、「離婚したら元の彼女捨てて、すぐに新しい彼女作るなんてヒドいね」と責められていたのもあり、バツが悪くちゃんとあげはを紹介できなかったのだ。あげはに嫌われることが怖くて、僕はセフレの存在や浮気の経験を話出せないでいた。
「あと処女だから」
「処女?」
「気持ちが」
「知ってるよ」
「乙女だし処女だよ」
「次からは堂々と紹介する」
僕の中であげはは処女で聖女だった。どんなことより最優先事項だった。
このセフレ問題と後日起きる「あること」で、僕はそれまでの友人から完全に切れた。
僕はあげはがいればいいと思って、甘んじて切られたママにした。
「そしてナンパと絡まれからちゃんと助ける」
「わかった」
「ヤキモチを妬かれなくなったら終わりよ、人生。妬みと嫉みと羨望と嫉妬とヤキモチがなくなったら自殺もの」
「守るよ。次からは機嫌損なわせないように、あげを最優先させる」
「愛してるよ。物凄い形で。だから気持ち悪いくらい愛されたいの」
「僕も、だよ」
他人から見ると常軌を逸したくらい僕たちは深く、固く愛し合っていた。
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