第5話 改革開始

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現金商売をする自分たちにとって一番大切な”お金”に関してすら、ちゃんとしたルールが存在していなかったのだ。社長だろうが誰だろうが、店内の商品やサービスを受け取る時には、きちんと正規のお金を支払う。こんな当たり前のお金に関する常識さえちゃんと浸透していなかったのである


そうかと思えば、スタッフとの飲み会の中で「売上が厳しいから今月は自分で3本買わされた。月のお小遣いが全部メガネで消えてきますよ・・」

などという酷い話もあちこちから聞かされた。売上目標達成の為に、社員は自腹購入を半ば強制させられていると言うのだ。

これは小売業にとって一番やってはいけないことで、無理やり自分の会社の社員に商品を買わせて、売上を作るなんて、どんなに赤字でもやったらダメに決まってる。直ぐに全社員、特に管理職に対して「他の社員に対して自分買いを強制したものは即刻、解雇する。自社の商品を買ってくれるのは嬉しいが、買うのなら、あくまでも自分の自由意志でやること。誰にも強制されてはいけない。」と”きつく”通達を出した。




こうして全国を巡回しながら、気づいたアイデアや改善点をその場で発信しつつ、緊急性が高いものはその場で対処して、時間のかかりそうなものは、後日、本社に持って帰って幹部会議にかけて対策を練っていく。さらに毎日ブログにその改革の様子を書き綴って、全国のスタッフに向けて実直に発信して経営改革の透明性を出していく。


こういう日々を地道に繰り返して行くうちに、店舗巡回が終わり近づくにつれ、改革に共感してくれるスタッフが一人、また一人と増えていき、だんだんと各店舗の営業現場でも、その後の飲み会の席でも、社員と僕の間に、自然と笑顔が溢れる回数が多くなっていった。



社長である自分に対して、何も知らずに批判や悪口を言う人たちもたくさんいるけど、一方では僕の登場を、本当に心から喜んでくれる社員もまた沢山いた。



(一つ間違えば船が沈没しそうな状況にあっても、その危険を微塵も感じさせず、乗組員が安心して働き、食べ、笑い、眠れる環境を提供する、そして何事もなかったように危機を脱し、平然と航海を続ける、それこそが船長の腕だし仕事の醍醐味じゃないか。

普通に成功したってつまらない。いつかオンデーズが危機を脱して銀行取引が正常化され、一人前の会社になれた時に、酒の席で語れる苦労話はたくさんあった方が面白いに決まってる。)




そんな風に、半ば開き直りとも言えるが、この悲惨な状況を楽しんでポジティブに受け止め始めている自分がいた。




しかし、まだまだ改革は始まったばかりで、僕たちの真剣な想いとは裏腹に、インターネットを開けば2ちゃんねるなどの掲示板には、明らかに内部の人間と思われるスタッフ達からの容赦無い誹謗中傷も連日のように沢山投稿されていた。



「新社長は歌舞伎町の元ホストで、客の大金持ちのババアと寝て金を引っ張ってうちの会社を買ったんだってさー」



「新社長は、単なるお金持ちの家のお坊ちゃんだよ。会社をパパに道楽で買ってもらったんだよー。いいなぁお金持ちのお坊ちゃんはお遊びで会社ごっこができて羨ましいですなぁ。」



「何言ってんだお前ら!あいつらは単なるハゲタカだし、ヤバい半グレだぞ。バラバラにしてオンデーズを切り売りして自分たちだけでガッポリ儲けて逃げるつもりだ。お前らも早く逃げろーー」



などなど、今見れば一笑に付して終わってしまうような本当に低レベルな、ただの幼稚な悪口ばかりだったけれども、それでも同時まだ30歳になったばかりの僕は、精神的にも未熟な上、毎日迫り来る資金繰りや、業績回復のプレッシャーに押し潰されそうになり、心身ともに疲弊する毎日の中で、そういう心無い誹謗中傷を目にする度に、本気で憤慨し、深く傷ついたりすることもあった。




(チッ、また書いてやがる・・。今まで死ぬ気で築いてきた自分の私財やキャリアを、みんな全て投げ打って、このオンデーズの再生に賭けているというのに・・自分がこのオンデーズの将来を一番誰よりも考えているというのに・・・部外者からバカにされるのはまだいい。なんで助けようとしている当のスタッフ達自身の口から、こんな言われ方されなきゃならねーんだよ・・。

こんな言われ方されるくらいなら、もういっそのこと、こいつらの言う通り、バラバラに切り売りしてやろうか。といっても切り売りできるようなまともな資産も、この会社にはもうほとんど何も残って無いじゃないか・・・。)




そんな風に考えて眠れない夜も続く日々だったが、この店舗巡回を機になんとなく少しずつだが、改革に向けて着実に手ごたえを感じられるようになっていった。

無論、この段階では、なんとか奥野さんがかき集めてきた融資と、自分個人の今までの蓄えを吐き出し、取引先への支払いを頭を下げて待ってもらったりしながら、オンデーズを1日単位で延命しているだけに過ぎなかったのだが、モチベーションの上がり始めた一部の店舗では、早速店頭で積極的に呼び込みを始めてくれたり、自分たちで閉店後にセールストークを考えて勉強したり共有し合うグループも出てきたりと「攻めの営業」ができるようになってきた店舗も増え始め、売り上げの結果も少しづつだが確実に出始めてきていた。

そして、それに呼応するように、会社全体の足元の売り上げも、また少しづつだが確実に上がっていき、新しい好循環が始まる予感を感じれるような場面も、少しずづ増え始めてきていた。




(漠然だが着実に良い方向への変革は進みつつある。)



押し潰されそうな、不安と憤りを抱えながらもそんな充足感が僕の胸には、池に投げ込んだ小石の波紋のように、静かに、でも確実にオンデーズの中に広がり始めていた。




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