(7):自然食療法に断食道場/パニック障害の音楽家

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 高校中退を学校に話に行く事は私にはできませんでした。なので母が校長先生に退学を申し入れに行ったわけですが、当時サレジオには上智の推薦入学枠があり、校長に気に入られていた私は候補 No.1 と言われていました。校長先生は私の退学の話を聞きながら涙を流して残念がっていたそうです。しかし、その数年後にまさかその上智にニセ学生(笑)して紛れ込み、バンドをやる事になろうとは夢にも思ってもいなかったのですが...

 こうして1975年の10月中旬に学校を中退した私は家でブラブラしているしかありませんでした。しかし、周りからとり残されたという焦り・不安感はますますつのって行くのです。あいかわらず微熱が続くような状態で、体調も思わしくありません。色々と体に良さそうな事は試してみました。そのひとつは玄米食。これは桜沢式とかいうもので玄米の他に根菜類等しか食べられず、苦労しました。後から人に聞いた話では、この方式は玄米食療法の中でもかなり厳格な規定のある食事療法だとの事です。またハリにも通っていたが「自分は精神的にまいっているのでハリ治療では効かない」という気は常にしていました。

さらに断食道場なる所にも行ってみましたが、ここは断食どころか1日で逃げ出して来ました。断食は周囲が畑や森の隔離された環境の中で合宿生活をして行われるわけですが、1日2時間ほどの断食に関する講義以外は特にする事もなく、ブラブラしているしかありませんでした。しかも講義では断食によって起こる体の異変に対する対処法等ばかり解説し、不安感がつのるばかりになってしまったからです。トイレに入れば「断食の影響で気分が悪くなった場合の楽な吐き方」なんて張り紙がしてあり、ますます具合が悪くなりました。さすがに1日で堂々と帰るのはカッコがつかないので、裏口からコッソリと逃げ出して来ました。これまた謂れのない敗北感にさいなまれ、精神面でマイナス効果にしかなりませんでした。

不安症状のネタは色々とあり、恐いと思いだすとほんの些細な事でも恐怖心の原因となり、外出するのがどんどん苦手になっていきました。このあたりで私は広場恐怖症という状態になり始めていたのだと思います。広場恐怖は言ってみれば閉所恐怖症の逆で、広い場所で自分が不安症状を起こして動けなくなったら、誰にも助けてもらえないのではないか?と思うようになり、除々に外出が苦手になり始め自分の行動を制限してしまう状態です(人によって要因や症状は様々だと思います)。広所恐怖症と言ったり、公衆恐怖症と言ったりもするようですが、後になって心療内科に行くまでは自分のこの症状は閉所恐怖症だと思っていました(これについては初めてパニック障害であると気づいた時の話で、また詳しく書きます)。

私の場合の恐怖心は例えばこんな感じです。

歩いて10分ほどの駅に買い物に行った時、急に目が回るような感じがし始めました。どう目が回るのか?というと「地球が物凄い勢いで動いているので目が回るのではないか?」と普通の人が聞いたら「バカみたい!!!」と一蹴されるような事に心が引っかかり出したのです。「地球は自転している。そしてその自転する地球は太陽の回りを公転している。さらに太陽系は宇宙を移動している。全体としてみたら時速に換算して物凄く速い速度だろう...」そう考えただけで目が回るような恐怖心に襲われ、外にいる事がドンドン恐くなり、慌てて家に帰り自分の部屋に逃げ込んだのです。もちろん部屋に逃げた所で自転公転が止まるわけでもないし、それがなければ地球環境が成り立たない事もわかっているわけです。しかし恐いのです。

おかげで家の中に閉じこもっている事も恐い、と感じるようになってしまいました。こうなってくると悪循環が繰り返され、恐いと思うから家に閉じこもる。閉じこもれば回りから取り残されるという恐怖と閉塞感にさいなまれる。しかしちょっとでも思い出すと高速で動いている地球上で生活している自分に恐怖を感じる...こういった思考が延々と繰り替えされ始めてしまうのです。コンピューターのプログラムで言うと、同じ場所をプログラムがグルグル回ってしまい、ループになって抜けだせなくなるバグ状態です。

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