愛猫【あいびょう】、ウゲゲ天野【あまの】と過ごした十年間の物語 (2)

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第一章「ウゲゲ【うげげ】天野【あまの】」との出会い


「ウゲゲ天野」と名付けた猫【ねこ】と初めて会ったのは、二〇〇六年の夏のことだった。

 今でも、不思議な縁に導かれた出会いだと思っている。

 猫と、我が家を結びつけたのは、フォークグループ「NSP【エヌエスピー】」のリーダーの、歌手、故、天野滋【あまのしげる】さんだった。

 NSPは、一九七三年に「さようなら」で、デビューし、「夕暮【ゆうぐ】れ時【どき】はさびしそう」「赤【あか】い糸の伝説【でんせつ】」「八十八夜【はちじゅうはちや】」などのヒット曲を出したフォークグループである。

(岩手県一関市出身の天野滋さんが、国立一関高専在学中に、同級生の中村貴之さん、平賀和人さんとともに結成)

 天野滋さんは二〇〇五年、七月に五十二歳の若さで病気のために亡くなってしまった。

 私は、中学生の頃からNSPのことは知っていたが、特別にファンではなかった。二〇〇五年に天野さんが亡くなって、少したった頃、ふとしたきっかけでNSPのDVDを観た。そのDVDには、病【やま】いの中でも前向きに生きる天野さんの笑顔があった。

 御自分の病状を知りながらも、メンバーと一緒に新曲のオリジナルアルバムの制作、コンサート活動への意欲と……、精一杯、頑張っている姿があった。

 心を揺さぶられるような名曲の数々に、涙があふれた。いっぺんで、天野さんの大ファンになった。

 私と毎日一緒にDVDを観ていた家族も、やはり同じようにファンになった。

 しかし、天野さんは、もうこの世にいない。

「どうして、もっと早く天野くんのファンにならなかったのかな」

 そう悔やんだ私に、当時二十三歳の長男が言ってくれた。

「お母さん、たとえ亡くなってからだって、巡り会ったのだから同じことだよ。良かったね! 天野くんに巡り会って!」……。

 天野さんの最後のオリジナルアルバムになってしまった「Radio【ラジオ】 days【デイズ】」(二〇〇五年二月発売)

 その中に「新緑【しんりょく】の頃【ころ】、君【きみ】に語【かた】りかける」という曲があり、まるで「僕は生まれ変わったら、猫になって君のそばにいるからね」というように受けとれる内容だった。

 その曲をよく聴いていた二〇〇六年の夏の日のこと。

 我が家から歩いて二分ほどの畑道に、いつも一匹の茶トラの猫が座っているようになった。

 ひとなつっこく、可愛い顔。リンとした姿勢。

 天野さんは小学校五年生から、中学一年生まで、私の住んでいるあきる野市の隣の福生市に、住んでいたということもあり、運命的なものを感じた。

 私が、

「もしかして、天野くんなの?」

 そう猫に声をかけると、

「ニャオーン」「ニャオーン」

 と愛らしい声で答えてくれた

 私の話を聞き、夫や息子たちも、それぞれ畑道に猫に会いに行くようになった。

 そして、家族四人で猫に会いに行った日のこと。

「本当に天野くんなの?」

 次男が真剣な顔で聞いている。

「ニャオ~~ン!」

 猫は、次男を見上げて大きな声で鳴いた

「まるで、ハイと言っているようだな」

 夫が感心したように話した。

 猫は、みんなの顔をクルクルと見回していた。全員の足のまわりに、長くて立派なシッポをすり寄せながら……。

「この猫、本当に天野くんかもしれないね」

 私の言葉に、夫や息子たちも楽しそうに笑った。

 何度か、そんな会話をしていたある日のことだった。

 次男が、突然、

「ねえ、きっとこの猫、天野くんだよ。この猫の名前、「ウゲゲ天野」にしようよ。可愛くて、いい名前だと思わない?」

 と言ったのだ。次男によると、「★ウゲゲ★」には意味はなく突然頭の中から湧き出た「名前」だったようだ。

「ウゲゲ? なんか、おもしろい名前だね」

 その時、私はユニークな名前だと思ったが、

「リズム感もあるし、愛敬【あいきょう】があって、この猫に似合うね」

 なぜか、心がワクワクして、楽しくなってくるのを感じた。

 夫や長男も、

「いいかもね」と気にいったようだった。

「ウゲゲ天野」という猫の名前は、こうして誕生した。

(少し長い名前なので、普段は「ウゲゲ」や「ウゲちゃん」と呼んでいた)

 命名した後、私は毎日のように、畑道に行くようになった。

 ひとなつっこいウゲゲは畑道のアイドルだった。

 茶トラの猫で、胸【むね】とお腹は白くてホワホワしていて、大きな目は愛くるしい。

 下校途中の小学生の女の子数人が、かがんで頭をなでているところを数回見た。

 杖をついたお年寄りの御夫婦が、愛おしそうに、ウゲゲに話しかけていた。

 私は、畑道にいつもいて、みんなに愛されているウゲゲを見て、野良猫だと思っていた。

 が、しばらくすると、畑道の近くのS【エス】さんの家の縁側にウゲゲが座っているのを、見かけることが多くなった。

 Sさんは親切で猫好きな方【かた】。

 Sさん家【ち】の猫ちゃんなのかもしれないなあと思い始めた秋のことだった。

 畑道に行っても、ウゲゲに会えなくなってしまった。

 近所を捜したが、どこにもいない

 ウゲゲの太った、弾【はじ】けそうなお腹を思い出した。

「もしかして、妊娠していて、赤ちゃんを産んで育てているのかも……」

「今頃は、Sさんのお宅にいるのかもなあ」

 夫とそんな会話をしていた。

 無事に赤ちゃんを産んだ後、また会えることを願った。

 ひと月以上、ウゲゲに会えないまま時が過ぎた。

 十月も終わりに近い、ある日のこと。

 Sさんの奥さんとバッタリお会いしたので、猫のことを尋【たず】ねてみた。

「この近くにいつもいた、茶トラの可愛い猫ちゃん、Sさんのお宅の猫ちゃんですか?」

 Sさんは、

「あー、サンタくんね(Sさんのお宅では、こう呼ばれていたらしい)、家【うち】にはよくいるけど、家【うち】の猫ちゃんじゃないですよ……。飼い主さんが近くに住んでいますよ。M【エム】さんという家の猫ちゃんよ」

 と明るい笑顔で教えてくださった。

「あー、そうですか、やっぱり飼い主さんがいらっしゃったんですね!」

 良かったあ――。Mさんは、知らない方であったが、私は胸をなでおろした。きっと今頃は、お家で赤ちゃんを出産して、幸せに暮らしているんだろうなあ。寒くなってくるから、飼い猫ちゃんで良かったぁ

 私は、心から安心した。

 数日後。

 私がホームヘルパーの仕事帰り、暗くなった畑道を自転車で走っていると、

「ニャオ~~ン!」

 とあの聞き覚えのある、大きな可愛い声がする。

 自転車の小さなライトに照らされて見えたのは、こちらに向かって夢中で走って来るウゲゲの姿だった。

「ウワァー! ウゲゲ、会いたかったよ」

 私も負けずに大声を出した

 辺【あた】りは外灯があっても、薄暗くて、ウゲゲの姿はよく見えない。

 自転車を止めて、かがんでいる私の手を、ウゲゲはザラザラした舌で何度もなめている。私のヒザに頭をこすりつけ、ノドをゴロゴロ鳴らす。

「そんなに喜んでくれるの? 嬉しいよ、飼い主さんの所にいたんでしょ? 元気だった?」

 私の質問に、

「ニャァ、ニャァ、ニャァ……」

 一生懸命、鳴いて答えてくれるウゲゲ。

 なんて、可愛いんだろう。

 ずっと、このままいたかったが、その日、私は夕食の準備を何もしていなかった。スーパーに、買い物に行かなければならない。

 後ろ髪を引かれる思いで、

「ごめんね、また明日、ここで待っててね」

と、ウゲゲを残して、自転車に乗った。

 帰宅【きたく】した夫や息子たちに、ウゲゲに畑道で会ったことを話すと、三人とも、本当に喜んでいた。

 次の日の朝六時。

「早いけど、もういるかもしれない」

 私は畑道に走った。

 いた! やっぱりいた。

 ウゲゲも、こちらに走ってくる。

 大きなお腹を左右に揺らしながら……

 エッ! ウソ! ウソ!

 ウゲゲ、妊娠して、赤ちゃん産んでたんじゃなかったの……。

 プヨプヨとした大きなはちきれそうなお腹は、前と同じだった。さらに、前よりも大きくなった気がするくらいだ。

 ウゲゲを抱っこしてよく見ると……、

 去勢手術をしてあるけれど、立派な男の子であった。

「ただのおデブちゃんだったんだね」

 ウゲゲに言いながら、おかしくて、おかしくて、一人で大笑いしてしまった。


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