愛猫【あいびょう】、ウゲゲ天野【あまの】と過ごした十年間の物語 (3)

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第二章「ウゲゲ天野」犬小屋に住む

 十一月の下旬。

 その頃は、畑道に行き、ウゲゲに会いに行って来ることが、家族全員の楽しみになっていた。

 長男と一緒に畑道に行った時のことだ。

 いつものようにしばらく遊び帰ろうとすると、その日のウゲゲは淋しそうな顔をした。

 長男に小さな声で話しかける。

「ウゲゲがついて来ても、家で飼うことはできないから、ウゲゲが向こうをむいている間に帰ろう」

「わかった」

「純、 今だよ、走ろう」

「オッケー」

 ウゲゲが、毛づくろいをしている時、二人で我が家の方向に全速力で走り、家の門扉の中に入って、ホッとした時だった。

 私は後ろを振り返って驚いた。

「エッ! ウゲゲがいる」

 そこには、私たちを追いかけて来たウゲゲが、勢いよく長いシッポを振りながら立っていた。まん丸い目で、こちらを見ていた。

「どうしよう……、困ったね……、このまま帰らなかったら……、飼い主さんもいるのに」

 私がそう言ってあせっている時、ウゲゲは、ゆっくりと我が家の砂利を敷いた庭の上を、歩いている。

 ツツジの木の側【そば】に座り、香りをかいだり、土の上に寝転【ねころ】がったりしていた

  だが、私たちの心配をよそに、この日は一時間ぐらいで帰っていった

 翌朝のこと。

 私が雨戸を開けて、庭を見ると、開けっぱなしだった門扉のところに、ウゲゲが前足を揃えて行儀【ぎょうぎ】良く座っている。

 私を見ると、立ち上がり

「ニャ――オ!」「ニャ――オ!」

 と早朝の近所中に聞こえるような、大声で鳴き出した。

「ウゲゲが、庭にいるよ!」

 私は階段をかけ上がり、それぞれの部屋で眠っている息子たちに教えた。

「どうしよう? 飼い主さんのいる子なのに」

 私が夫に早口で言うと、

「住みついてしまうことはないと思うよ」

 のんびりと笑いながら答える夫。

 しかし、ウゲゲは、その日どこにも帰らず、我が家の縁側にいた

 次の日も、その次の日も……。

 このままだと風邪をひいてしまう、きっと、飼い主さんも心配しているだろう。

 私は、S【エス】さんから教えてもらった飼い主さんの家に、ウゲゲを抱いて連れて行くことにした。

 我が家から歩いて五分ほどの場所にあるお宅だ。ウゲゲの飼い主のMさんは、一度もお目にかかったことのない方だったが、五十代くらいの品のよい奥様だった。

 ウゲゲを渡し、事情を説明すると、大変恐縮【きょうしゅく】なさって、かえって申し訳ないくらいだった。

 御主人と、若い御夫婦とお孫さん、それに、ワンちゃんや猫ちゃんも一緒の、賑やかなお宅のようだ。

 M【エム】さんのお話によると、ウゲゲの本名は、「兆【ちょう】くん」という。

 ウゲゲが、Mさんのお宅から出て行ってしまうようになったなったきっかけは、Mさんの御自宅の健て替えの時だったそうだ。一年くらい前のことらしい。

 家の建て替えの間、御家族全員で、隣り町に移り住んだ。この時、「猫ちゃんたちは、住み慣【な】れた場所がいいだろう」と、残して行くことにした。倉庫二つの戸を開け放し、そこに住めるようにしてあげたそうだ。

 毎日、キャットフードを届け、そのたびに、猫ちゃんたちの体調や様子を確認した。

 しばらくたち、新しい家が完成し、Mさんの御家族全員も戻って来た時のこと。

 他の猫ちゃんは、新しくなった家に住みついてくれたが、ウゲゲだけはどこかに行ってしまい、戻って来ない日が多くなった。

 M【エム】さんは心配で、夜遅くまで捜し歩いたという。

 ある日、畑道にいることがわかり、家に連れて帰ったが、また出て行ってしまい、それを何度か繰り返したが、やはり、どうしても、家を飛び出してしまったということだった。

 Mさんは、

「御迷惑おかけしました。ありがとうございました」

 と、ウゲゲを抱きしめていた。

(あー、これで良かった)

 私も、ホッとした気持ちだった。

 しかし、Mさんの気持ちをよそに、ウゲゲは次の日の朝には、また我が家の縁側に舞い戻ってしまった。

 その日も、Mさんはウゲゲを連れに来てくださったが、また同じように、翌日には、我が家の庭に来た。

「Mさん、少しの間、兆【ちょう】くん(ウゲゲ)をお預りしていいですか?」

 とお断わりして、我が家の縁側で預【あず】かることを伝えると、Mさんは

「申し訳ないです」

とおっしゃった。

 十二月に入り、寒さが身にしみるようになっていた。スーパーでダンボールをもらい、猫用のクッションベッドをその中に入れ縁側にウゲゲの、とりあえずの住【す】み家【か】を作った。

 ウゲゲは、ダンボールの家を気にいった様子だった。顔を出したり引っ込めたりしながら、そのうちまん丸くなって眠ってしまった。

 二〇〇七年の元旦

 ウゲゲは、Mさんのお宅に帰らないまま、年を越した。

 私は夫に提案した。

「ウゲゲ、このままだと寒くてかわいそうだよ。でも、Mさんも本当に可愛がっている猫だし、いずれ、Mさんのお宅に帰さないといけない……。家に入れてあげるのは無理でも、風よけに、庭の隅に犬小屋でも置いてあげたら、少しでもあったかく過ごせると思うよ」

 夫は賛成してくれ、元旦に開いている近くのホームセンターで、小さな犬小屋と、数枚の暖かそうなペット用の毛布を買った。

 淡い緑色の屋根に白い壁。プラスチックの素材だが、この寒さの中では縁側にいるより、はるかに暖かいだろう。

 なるべく、陽当【ひあた】りの良い南側の庭の真ん中あたりに犬小屋を置いた。

その中に縁側で使用していた、クッションベッドに毛布を敷いて入れた。ウゲゲは初めは慣れないためか、犬小屋に入ろうとしなかった。

 だがしばらくして、冷たい北風がビューッと吹き抜け、ウゲゲの毛なみを逆立【さかだ】てると、あわてたように、犬小屋の中に入っていった。

 その姿が可愛らしくて、おもしろくて、家族全員で笑ってしまった。

 犬小屋のアーチ型になっている出入り口の上に、夫が几帳面な文字で「ウゲゲ天野の家」と黒のサインペンで書いてくれた。

「ウゲちゃん、これで少しは寒くなくなるよ。ここをきみのお家にしようね。父ちゃんが、きみの名前を書いてくれたよ」

 私は、犬小屋のクッションベッドの上で眠っているウゲゲに、  今日【きょう】買ったばかりの、茶色と白のヒョウ柄の毛布をかけてあげた。(この毛布を私たちは、ウゲゲ色【いろ】の毛布と呼んで、今でも大切にしまってある)

 犬小屋の中にいるといっても、一月の寒さは凍えるように厳しい。

 私は、庭にいるウゲゲが気になって、夜中に二度ほど起きるようになった。

 目覚まし時計を二時にセットし、十二時頃眠る。二時に起きて、犬小屋の中を覗くと、私が寝る前に掛けてあげた二枚の毛布は、ウゲゲの体の下にある。

 身震いするほどの寒さで指先も痛い。倉庫から毛布を二枚持って来て、また掛けてあげる。軽く目を開けて、ウゲゲがこちらを見る。

 今度は時計を四時にセットし、再び起きる。様子を見に行くと、二時に起きた時、掛けてあげた毛布を、体の下に敷いて、ウゲゲは毛布を掛けずに眠っている。

 きっと、私が毛布を掛けてあげた後、トイレにでも行くのか……。どこかに出かけて来るのだろう。

 私が五時半に起床すると、四時に掛けた毛布も、やっぱりウゲゲの体の下にあった。

 毛布を掛けても、掛けても、意味がない。

 結局、クッションベッドに加え、全部で六枚の毛布を、自分の体の下に敷【し】いていた。

「おはよう」

 と声をかけると、

 ウゲゲは犬小屋の中の、高く積まれた毛布の上で、大あくびをひとつし、立派なヒゲをピンと立てて、私を見た。

 その姿が、なぜか殿様のように威厳があって、朝から笑ってしまった。

 しかし、頬がピリピリするほど寒い朝だ。

 ウゲゲが好きなツツジの木の下の辺【あた】りも、霜がキラキラと光っている。

 早く、早く、春が来るといいなあ。

 ウゲゲのためにも……。

 きっと、きびしく大変な思いをしている、世間の野良猫ちゃんのためにも……。

 この冬は、いつもの冬より、春が待ち遠しく感じられた日々だった。

 Mさんは、我が家に何度も訪ねて来てくださった。

 その度【たび】に、美味しいお菓子やおそば、ワイン、ウゲゲの好物のキャットフード……等、お土産をくださり、恐縮してしまったが、お心遣いに感謝した。

 ある日、Mさんは、犬小屋の中にいるウゲゲに、

「こんなにも良くしてもらって、きみは幸せだねぇ」

 と話しかけていた。

 ウゲゲはMさんに頭をなでられ、嬉しそうにノドをゴロゴロ鳴らしていた。

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