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17/10/7

愛猫【あいびょう】、ウゲゲ天野【あまの】と過ごした十年間の物語 (4)

Image by Olia Gozha

第三章「ウゲゲ天野」と網戸越【あみどご】しの再会

 冬の間、風邪ひとつひかなかったウゲゲ。

 あたたかな柔かい日射しが、「ウゲゲ天野の家」に降り注いでいた、四月の初めのこと。

 ウゲゲの食欲がない日が、二日ほど続いた。

 Mさんに連絡すると、すぐにお嬢【じょう】さんの運転する車で、お二人でウゲゲを動物病院に連れて行ってくださった。

 その後、二時間ほどして、Mさんから、

「御心配かけてすみません。軽い風邪だそうです……それで、御迷惑かけますから、しばらく猫を、家【うち】に置いておきますので……」

 と電話があった。

 それから、ウゲゲがM【エム】さんの家に帰って、十日ほどたった頃だろうか。

 Mさんがひとりで、我が家に訪ねて来て、おっしゃったことは、

『これ以上、宮下さんの家に迷惑かけられないので猫を引き取り、今度は家猫【いえねこ】として、家の中で飼うつもりです』

 ということだった。

 私は一瞬、とまどったが、我が家にウゲゲがいることにより、Mさんに心苦しい思いをさせてしまっていることは確かだ。中途半端な飼【か】い方【かた】をして、いざウゲゲの具合いが悪くなると、結局【けっきょく】、動物病院にも連れて行けず、Mさんに頼ってしまっている。

 それに、ウゲゲではなく「兆【ちょう】くん」という名前があり、Mさんの大切な家族なのだから……。

 頭ではわかっているのだが、淋しい気持ちでいっぱいになって来る。

 それでも、Mさんと、Mさんの御家族が決められたこと……。

「わかりました。また兆【ちょう】くん(ウゲゲ)を連れて遊びに来てください」

 と、Mさんに話したが、ウゲゲの顔を見ると、涙がじんわりと出て来て、困ってしまった。

 帰宅した長男と次男に、Mさんの話をし、

「ウゲゲには、もう、あまり会うことはできないよ」

 と言うと、二人とも、肩を落として淋しそうだった。

 毎日、毎日、家族でウゲゲの話をした

「ウゲゲ、今頃、何してるかな」

「Mさん家【ち】で、きっと、幸せに暮らしているよ」

 毎回、毎回、同じような会話を繰り返した。

 五月になり、「ウゲゲ天野の家」にも、さわやかな風が吹いている。淡い緑色の屋根が光を受けて、いっそう輝いている

 ウゲちゃん……、きみのお家も気持ち良さそうだよ。

 きみの好きなツツジの木も、緑色の葉をグングンと増やし、鮮【あざや】かになって来た。この木の側で、スヤスヤとお昼ねをしていたきみを思い出す。

 何をしても、何を見ても、ウゲゲにつながってしまう。

 ウゲゲに会いたい。

 Mさんの所に行って、ウゲゲを少しでも見られたら嬉しいけれど、家猫として飼おうと決意したMさんに、迷惑かけるだけだ。

 それに、ウゲゲの姿を見てしまうと、もっと未練が残ってしまうだろう。

 そう思って、なるべく、Mさんの家の前の道路を通ることも控えていた。

 そんなある日の午後。

 ホームヘルパーの仕事の帰りのこと。

 私は近道だったので、Mさんの家の前の道路を、自転車で走っていた。

 すると、

「ニャオ~~~ン! ニャオ~~ン!」

 とあの聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。

 声のするMさんの家の二階を見上げると、網戸【あみど】越しに、ウゲゲの顔が見えた。

 私は、思わず声を出していた。

「ウゲちゃーん」

「ニャオ~~ン! ニャオ~~ン!」

 返事をしてくれているようなウゲゲの声。

 網戸【あみど】越しでもはっきり見える、茶色と白のトラ模様。大きくて愛らしい、まん丸な目。

「ニャオ~~ン! ニャオ~~ン!」

 私を見ながら、忙しそうに、また鳴いた。

 Mさんの家の方たちはお留守らしい。

 ウゲゲの声以外は、ひっそりとしている。

 ウゲちゃん……。愛おしくてたまらなくなる。

 ダメダヨ…… ダメダヨ……

 私の心の中で注意するのは、もうひとりの私。

 まだ鳴き続けているウゲゲの声を背中に聞きながら、夢中で自転車のペダルをこいでいた。

 なんだか、涙がこみあげてきてしょうがない。

 この日、私は家族に、

「網戸越【あみどご】しのウゲゲ」の話をした。

 そして、

「もう行かないよ。ゼッタイに行かない」

とあきらめようとした。

 が、数日後、仲の良い友人と食事をした帰り、Mさんのお宅の前を通ることになった。

 また、「網戸越しのウゲゲ」との再会だった。

 ウゲゲは今日も、Mさんの二階の部屋の中にいた。

 網戸【あみど】に、前足を二本つけて、へばりつくようにして、道路にいる私たちを見て、やっぱり

「ニャオ~~ン! ニャオ~~ン!」

と鳴き続けていた。

 友人が

「ウゲゲ、宮下さんのこと、しっかり覚えているんだね……。なんて、可愛いんだろうね……」

 そう感心したようにいってくれた。

 友人の言葉を聞いて、泣きそうになったけど、泣くのをがまんした。

 私は、その夜、

もう、ウゲゲには会いに行かない、会えば、会うほどつらくなるから……と、心に決めた。

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