破壊と再生
「……うん。そう、そうなんだよ。だから、少しの間はレッスンをやってあげられないんだ」
僕は、実の兄貴が経営している運送会社で働く事になった。
理由は、収入が落ち、心身ともに疲弊している僕を見かねて、兄貴が声を掛けてくれたのだ。
葛藤もあったが、このままだと生活が出来ない事もわかっていた。だから、生徒さん一人一人に報告と謝罪をしていったのだ。
気が付けば僕は、ネットスーパーの宅配ドライバーで、“なくてはならない”存在になっていた。事実上、リーダーの役職だ。
働いた。朝から晩まで走り回った。
最初の1年はよかった。不馴れだから、何もかもが新鮮で、どんなにクタクタになったとしても、楽しいとすら思えていた。
しかし、仕事に慣れてくると、小さな悪魔が心の中で囁き始めたのだ。
「お前、なんでドライバーやってんの?」
「ボイストレーナーはもういいのか?生徒さんを裏切るのか?」
「中学時代のお前が見たら泣くんじゃないか?」
「組織の言いなりじゃないか。他人の人生を生きてて楽しいか?」
そんな、悪魔の囁きを聞いて、僕はとても苦しくなった。
それは悪魔の“仰る通り”だと思ったからだ。
心は元気になったし、ボイストレーナーに戻れないわけではない。
しかし、だがしかし、ドライバーになって、毎月入ってくる収入に安心している所も間違いなくあったのだ。
本心を言えば、昔のように、やりたい事だけをして生きていく人生をもう一度送りたい。
なのに、戻るのが怖い。
不安定な収入の中で、好きなことを仕事としてやるというのは、とても難しいという事を僕は知っている。
何故ならば、お金が目的になると、心のこもったサービス提供が出来なくなるからだ。
考えれば考えるほど、僕はまた再び、元気を失ってしまった。
こんなはずじゃなかったのに。
一体、僕はなんの為に生きてるんだろう。
暗雲が立ち込める日々を送っていると、懐かしい人から電話がきた。
ボイストレーナー時代の生徒さんだ。
「先生、めっちゃ元気ないじゃないですかー!」
「なんかカッコ悪いっすよ!昔みたいに自分の人生を生きてくださいよ!」
「僕ですか?僕は今、インターネットビジネスでめっちゃ稼いでますねー!」
「先生も、たった一度きりの人生なんだから、もっと自分の為に生きてください!」
「ではまた!」と言い終えると、彼は電話を切った。
あー……僕は何をやってんだろうな……
……よし。
僕はスマホを手に取り、急いでLINEのグループを作成した。
送ったメッセージの内容は。
「久しぶり!バンドやろうぜ!」
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