愛猫【あいびょう】、ウゲゲ天野【あまの】と過ごした十年間の物語 (7)

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第六章「ウゲゲ天野」は忠犬【ちゅうけん】ハチ公【はちこう】?


 ウゲゲと知り合い、家族になり、本を出版することができ、
「ウゲゲは、招き猫かもしれないなあ」
 そんなふうに、思うことが多くなった。

 畑道で出会った頃のウゲゲは、六歳。
 我が家の子になった時は、八歳だった。
 男の子なのに、我が家の家族全員に、「妊娠しているのではないか」と思われたお腹は、ずっと健在だった。
 十三歳くらいまでは、A動物病院には、ワクチン接種と、ノミやダニを予防するお薬をもらいに行く程度だった。
 A動物病院は、前の飼い主のMさんが、
「先生も、スタッフさんも親切で、本当に良い病院だから」
 と推【すす】めてくださった病院【びょういん】だ。
 M【エム】さんのところでは、何匹【びき】も犬や猫を飼っていて、ずっとこの病院にかかり、今も通っている。
 我が家の子になって、初めてウゲゲをワクチン接種のために、連れて行った時のことだ。
 ウゲゲはキャリーバックの中で、
「ニャオ~~! ニャオ~~!ニャオ~~!」
 とうるさいほどの大声で鳴き続けていた。
 順番が来て、受付の方が
「宮下ウゲゲ天野ちゃ――ん!」
 と丁寧に、我が家の名字まで、名前につけて読んでくれた。
 隣りの若い男性が、
「エッ、ウゲゲ天野?」
そう言って、プッと吹き出した。
 私たちが立ち上がると、少し慌てた顔で
「すみません……」
 と小さく頭を下げてくれた。
 夫が、
「いえ、私たちもユニークな名前だと思っているんですよ」
と笑うと、その若い男性も、安心したようだった。
 急いで診察室の中に入る
 頭を下げた後、院長先生に、
「Mさんから紹介して頂きました。この猫は今は、ウゲゲ天野と言いますけど、Mさんの家の兆【ちょう】くんです。」
  私がいうと、院長先生は、
「あ――、そうですか……そうですね。兆くんですね」
 とウゲゲの顔を見て、納得したのか、笑顔で答えてくださった。
 ウゲゲは兆くんの時に、何度も来た病院なのだ。
 院長先生も、他の先生方も、受付けの方も、みなさん、きっとなじみの猫なんだろう。
親しみを込めて接っしてくださり、嬉しかった。
 ワクチンを接種してもらうまで、うるさいほど鳴いていたウゲゲだが、注射が終わると、自分からキャリーバッグの中に入り、すました顔をしている。
 この時の体重は、八キログラム。
 院長先生はキャリーバックの中のウゲゲを覗きこんで、
「相変わらず、大きいですね」
 と笑った。
 二回目から動物病院に行く度に、受付けの方や、先生方も、
「ウゲちゃん」と呼んでくれた。
 我が家の猫になってからも、ウゲゲは、外にいることが大好きだった。
 私が植木の手入れや草むしりをする時、一緒に行動した。
 座って草をむしっている私の足元のあたりで、クンクンと、小さな草の緑の香りを、鼻先【はなさき】で確めたりしていた。
「ウゲゲ、ちょっとどいてね」
 草むしりが、いっこうにはかどらないので、ウゲゲのまん丸い体を、持ち上げて脇に置いた。
 すると、また、私の進行方向のまん中に、ドカンと座っている。
 結局、草むしりは、ウゲゲが眠っている時や、家の中にいる時の方が効率が良かった。
 近所の会館のお掃除が、我が家も含めた六軒に、当番として回って来た時のこと。
 掃除の日。私の後ろをついて来たウゲゲは、私たちが会館の中の、部屋の掃除をしている間、外の植【う】え込【こ】みのところで、ジーッとして、私たちの様子を座って見ていた。
 時々、ウゲゲの方を見ると、私と目が会う
「まだなの? 頑張ってね」
 そう言ってくれているようで、雑巾掛けも楽しく感じられた。
 一時間ほどで作業が終わり、みんなで会館の玄関を出たときだった。
 植え込みの所で丸くなっていたウゲゲが、気付いたのか、スクッと立ち上がった。
「ニャオ――! 」
と鳴いて、私の足元に寄り添って一緒に歩き出し、私の後ろをついてくる
「おりこうだねぇ、宮下さんちの猫ちゃん、ずっと待っていたんだね、宮下さんのこと。まるで忠犬ハチ公みたいだね」
 近所の方が感心したように、ウゲゲのことをほめてくださった。

 また、ある時は、こんなことがあった。
 夕方、夫が仕事から帰って来る時、家の近くの道路を渡ろうとした。
 すると、四、五メートル先のその道路の片側を、ウゲゲが家【いえ】とは反対方向に、走っているところを見かけた。
 夫が、思わず
「ウゲちゃ――ん! 」
 と声をかけると、夫の声が聞こえたのだろう。ウゲゲは止まって夫の方を見ると、クルッと向きを変え、  今度は夫の方に向かって、夢中で走って来たそうだ。
「ただいまー 」
 ウゲゲを抱いて、元気よく帰って来た夫は、
「ウゲゲには本当に驚いたよ。賢【かしこ】い猫だよなあ!」
 と興奮した口調で話していた。
 そんな忠犬ハチ公のような可愛いウゲゲだったが、困っていたことがある
 御近所の何軒かのお庭で、ウンチやオシッコをしてしまうことだった。
 これは、我が家の猫になって十年間、直【なお】らなかった。
 きれいなお庭に入って、土を掘り、トイレがわりにしてしまう……。
 本当に申し訳無く思った。
 我が家の庭に、猫用の「トイレ」を置いても、そこでは用をたさない。

 御近所に迷惑がかかるからと思い、ウゲゲを「家猫」にするために、努力してみたが、難しく、どうしても外に行きたがって、鳴き続ける。
 けっきょく、外に出すことにしてしまった。
 私は、「犬猫が嫌がる砂」というものを、たびたび、御近所の方に持っていったが、
「気にしないでね」
「大丈夫だからね」
 と……。
 迷惑【めいわく】ばかり掛けているのに、いつも優しく言ってくださった。涙【なみだ】がでるほどありがたかった。
 御近所の皆さんには、ただ、ただ、感謝の気持ちでいっぱいである。


 ウゲゲが十一歳の時、東日本大震災があった。
 余震のたびに、ウゲゲを抱きかかえては、庭に出た。
 テレビのニュースでは、東北を中心にした被害の大きさを、続々と伝えていた。
 津波の映像に、胸がふさがりそうになる。
「ボクの名前は『ウゲゲ天野』」を出版して以来、NSPのメンバーが東北出身のこともあり、岩手、宮城、福島にも、お手紙を通して、多くの友人ができた。
 被害の大きな地域の人が何人かいた。
 心配でならない
「大丈夫ですか?」と、気持ちを綴った葉書を書いた。
 数日後、
 皆さんから、無事だと便りが届く。
 宮城県の仙台市に住む女性の方は、大変な時なのに、便せん六枚にびっしりと、丁寧な文字で返事をくださった。
 読んでいくうちに、泣けて来てしょうがなかった。
 御家族も家も、どうにか大丈夫だったこと。愛犬がいるので避難所ではなく、自分の庭【にわ】の車の中で避難生活をしていること。避難する時、本当に大切な宝物だからと、「ボクの名前は『ウゲゲ天野』」の本を、リュックサックに詰め込んでくれ、車の中でも読んでくれたこと……。
 もったいないほど、ありがたくて、ありがたくて……。
 余震が続く中、
「どうぞ、御無事でいてください」
 と祈る毎日が続いた。

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