愛猫【あいびょう】、ウゲゲ天野【あまの】と過ごした十年間の物語 (8)

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第七章「ウゲゲ天野」リフォーム生活、頑張る


 二〇十二年(ウゲゲ十二歳の時)は、我が家にとっては、大忙しの年であった。
 三十年近く住み慣れた我が家を、思い切ってリフォームすることにした。
 部分的なリフォームというより、柱などの枠組【わくぐみ】は残すが、屋根もはずし、壁も全て取りこわしを行う、大がかりなリフォームになった。
 最初、リフォームをしている間は、どこかに部屋を借りて住もうかと考えていた。
 しかし、不動産会社の担当の方が、今の家に住みながらのリフォームもできることを、教えてくれた。
「ウゲゲもいるし、引っ越しも大変だ」
 と家族で話し合って、『住みながらのリフォーム』をすることを選択した。
 が、これが、なかなか大変なことだった。
 三月から、不動産会社の方や大工さん等との話し合い。四月の中頃に着工し、入れ替わり立ち替わり、様々な業者の方々が関わってくださった。
 家族が生活をしている場なので、プライバシーもそうだったが、業者の方に迷惑をかけないように、作業をしてもらうことに、意外に神経を使った。
 まず、二階の部屋からリフォームが始まった。
 家族四人とウゲゲは、一階の部屋に集合。この時はまだ、ガスも水道も、冷蔵庫や電子レンジなどの電化製品も使用でき、料理を作ることができた。
 二ヶ月ほどすると、一階のリフォームに移った。
 家族四人とウゲゲが、二階に移り住んだのは、六月の蒸【む】し暑い頃だった。おまけに、我が家の二階には、クーラーがない。
 ウゲゲのことが心配になって来る。
 日中は、大工さんや他の業者の方が、一階で作業しているため、邪魔にならないように、下に降りないようにしなければならない。
 一階や、大好きな外【そと】に、ウゲゲは行けなくなるが大丈夫だろうか……。ストレスがたまってしまうんじゃないだろうか……。
 それに、家を建て替えたり、リフォームすると、飼い猫が家に寄りつかなくなって、どこかに行ってしまう……という話をよく聞く。
 実際【じっさい】、ウゲゲが、前の飼い主さんのMさんの所に、あまり帰らなくなったきっかけも、家の健て替えだった。
 不安な気持ちを抱えながらの、一階のリフォームのスタートだった。
 まず、二階の階段の降り口に、ウゲゲが下に降りないように、小さなフェンスを取り付けた。
 フェンスの前に、トレーに乗せたウゲゲの食事と水の器を二枚置く。その横に、ウゲゲのトイレ。
 とりあえず、ウゲゲが階段を降りなくても、用が足せるようにした。
 そして、二階の南向きの六畳の部屋に、小さなちゃぶ台と、テレビを置き、そこを、四人と一匹が日中を過ごす場所にした。
 生暖かい風を吹き出しながら、扇風機が、グワァーンと音を立てる部屋。
 大きな体格をした男性三人と、ぬいぐるみのような、見るからに暑そうな猫。そして、汗っかきの私……。
「人間はともかく、ウゲゲ、この部屋で過ごせるかな」
  私がそう言うと、
「頑張ってもらうしかないな」
 夫が、扇風機の風をウゲゲに送りながら答えた。
(お願い、ウゲちゃん。頼むね、どこにも行かないでね)
 が、その心配も、すぐに消えた。
 ウゲゲは、全てをわかって、納得してくれているかのように、頑張ってくれた。
 大工さんが来てくれている、月曜日から土曜日までの日中は、うだるような暑さにも関【かかわ】らず、ずっと二階で過ごしてくれた。
 トイレも、食事も、二階で済ませてくれた。
 フェンス越しに静かに、階下を見つめることはあっても、少したつと、また、六畳の和室のクッションベッドに戻っていった。
 いつものように、外に出たいよと
「ニャオ~~ン」「ニャオ~~ン」
と大声で鳴くこともない。
 そんなウゲゲの姿は、私にはいじらしく思えた。
「大丈夫だよ、母ちゃん。ボクも家族の一員だよ。このくらい耐えて見せるよ」
 とでも言っているように、ウゲゲの表情は優【やさ】しかった。
 大工さんが帰った後は毎晩、夜七時過ぎ、ウゲゲを外に出してあげた。
 すると、待ちかまえていたかのように、玄関から勢いよく飛び出して行く。
 きっと、嬉しくてたまらないのだろう。
(あんな暑くて狭い部屋の中に閉じ込めておいて……このまま帰って来ないんじゃないだろうか)
 毎回、外に出す時は不安になったものだ。
 一時間ほどたっても帰って来ない時は、私は駐車場の所で待っていた。
 すると、家の前の道路の向こうから、出かける時と同じぐらいの、ものすごいスピードで、私に向かって駆けてくるウゲゲがいた。
「ニャオ~~ン」「ニャオ~~ン」
と、立派なシッポを大きく揺らしながら。
 私は、中腰になって、手をたたきながら、
「ウゲちゃ~~ん、待ってたよ!」
と迎えた。
 私の足に頭をすり寄せ、ゴロゴロとノドを鳴らしている。
「帰って来てくれて、ありがとうね」
 ウゲゲが可愛くてたまらなかった。
 八月の中旬。
 こうして、長くて、暑くて、大変だったけど、感動した我が家のリフォームが、無事終了した。
「ウゲちゃん、おつかれ様」
 ウゲゲの頑張りに家族で拍手を送った。

 リフォームが終わって、新しい家になった後のこと。
 やっぱり、ウゲゲは、元【もと】の「お外大好き猫ちゃん」に戻った。
 朝の四時頃、まだ私が眠っていると、毎日、ウゲゲに起こされた。
 ツンツンと、私のおでこを前足でさわって、私の顔を覗【のぞ】き込【こ】み、
「ニャァー」と鳴く。
「ハイ、ハイ、外に行きたいんだね。わかりましたよ」
 眠い目をこすりながら、ウゲゲと玄関に行く。
「ハイ、気をつけて、散歩に行って来てね」
 玄関を開けると、ウゲゲは元気良く、外に飛び出して行く
 雨が降っても、必らず出かけて行った。
 帰って来る時は、ビショぬれの体で玄間前に座って大声で鳴く
「ニャァー! ニャァー」
と、早く開けてよと待っている。
 泥がいっぱいついた肉球。指と指の間にはぬれた雑草が詰まっている。
 抱き上げて雑巾で足を拭くが、こびりついた泥は中々【なかなか】落ちない
 体中【からだじゅう】を、タオルで拭いてあげる。
 床に下ろすと、まだ汚れが落ちきっていなかったのだろう
 ウゲゲの汚れた足跡がテンテンと、新しくなったリビングの床についている。
「ウゲちゃ――ん、もう一回拭くよ」
 私は逃げようとするウゲゲの体を持ち上げて、もう一回雑巾でキュキュと足を拭く。
「まるで、いたずらっこのようだなあ」
 次男が楽しそうに笑った。
 そんなウゲゲだったが、感心したことに、リフォームした後の壁も柱も床も、一回もガリガリと爪をといだり、傷つけたりすることはなかった。
 爪跡【つめあと】のひとつぐらい、残してくれても良かったのに……
 ウゲゲが天国にいってしまった後、私は、そんなことを思ったものである。

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