愛猫【あいびょう】、ウゲゲ天野【あまの】と過ごした十年間の物語 (9)

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第八章「ウゲゲ天野」と過ごした最期の日々


 二〇十五年、
 ウゲゲは、十五歳の高齢の猫になっていたが、便秘症以外は、特別に変化があるわけでなく、元気に毎日過ごしていた
 私はこの年、二冊目の本を自費出版することを決め、七月から十月までの間、原稿用紙に向かっていた。
 物語は実話ではないが、私が中学生の時に偶然目にした、八百屋さんでの出来事をきっかけに書いたものである
 その時の光景は今も私の胸にやきついている。
 八百屋さんの前を通りかかった私は、年配の足の不自由な男性従業員が、店主の若い男性に「早くやれよ! この、のろま」「首にするからな」とどなられているのを見た。
 年配の男性は「すんません」とひたすら謝りながら、不自由な足を引きずり、重たそうなダンボール箱を抱えては、店の中を何度も往復していた。
(なんで、足の不自由なおじいさんに、あんな冷たい言い方をするんだろう……)
 セーラー服姿の私は、しばらくの間、動けずに、八百屋さんの脇道で、たたずんでいた。
 私は福祉の事をテーマに、本を書きたいという昔からの夢を実現しようと、ずいぶん前から、物語の構想【こうそう】を考えてきた。
 出版を決心できたのは、紛れもなく「ボクの名前は『ウゲゲ天野』」の出版が、後押ししてくれたからである。
 一冊目の出版が、私にも「やれば出来る」という自信と勇気を与えてくれたのだ。
 当時私は、午後は、老人保健施設で介護の仕事をしていたので、執筆作業は夜が多く、朝までの徹夜もあった。
 私は、一階のダイニングテーブルで、深夜、原稿用紙に向かっていた。すると、同じ部屋のクッションベットで眠っていたウゲゲが、突然起きて、私の方を「じーっ」と見ていることが何度かあった。
「ウゲちゃん、母ちゃん、頑張っているからね」
 と言うと、まあるい、きれいな瞳で
「ニャン」と、ひと声鳴いて、また眠った。
 きっと、応援してくれていたに違【ちが】いない
 私は物語の中に、どうしてもウゲゲのことを書いてあげたくて、数行ではあるが、野良猫として登場させた。
 私の二冊目の本の原稿が、無事完成したのは、十月十三日のウゲゲの十六歳の誕生日の頃だった。
「ウゲちゃん、おめでとう!」
 ウゲゲの大好きなマグロのお刺身を買って、家族で誕生日を祝ってあげた。

 十一月を迎えたある日。
 この頃から、ウゲゲの便秘の症状が、だんだん強くなって来た。
 便秘薬を二週間に一回、動物病院にもらいに行っていた。それをキャットフードの缶詰に混ぜて食べさせる。
 ウゲゲは、玄関に置いてあるトイレに行くが、いきんでも出ないのだろう……。部屋に戻って来てもまた、トイレに行って座っている。いきむ力も、以前より弱くなっているようだ。
 だが、食欲は、相変わらずあった。食べているのに、やせていくのも気になっていた。
 動物病院に便秘薬をもらいに行った時、ウゲゲの血液検査をしてもらう。
 腎臓【じんぞう】の数値があまり良くないらしい。体重も四キログラムになっていた。
 心配していた糖尿病や甲状腺の症状はないようだ。
「高齢ですので、気をつけて様子を見てあげてください」
と、院長先生は私たちに言った後、ウゲゲの背中を優しくなでてくれた。
 腎臓【じんぞう】の薬と、前回までとは違う便秘薬をもらって帰る。
 その後、ウゲゲはシロップの便秘薬が効いているのか、以前より症状が軽くなったように見える。

 二〇十六年、元旦。
 家族四人とウゲゲ。一緒に正月を迎えることができた。
 ウゲゲは食欲もあり、外にも元気に出かけては、帰って来る。
 玄関を出入りして、登るには、三十センチくらいある。まだ、ジャンプ力もあるようだ。
「歳【とし】なのに、若いねぇ、ウゲちゃん。まだまだ長生きできるね」
 私は、笑いながら言った。
 すると、次男が真顔で、
「でも、ウゲゲが、いつまでも元気でいるとは限らないよ。覚悟はしていたほうがいいよ」
「そんなこと、よくわかってるよ!」
 次男は、私のことを思って言ってくれたのだろう……。
 だが、私は、次男にきつい口調で返してしまった。
 ウゲゲがいなくなってしまう……そんな日が遠【とお】くないことは、私もわかっているんだよ……現実を、しっかり見つめなければならないってことも……。
 でも、そんなことを考えるだけで、涙がにじんで来る。

 二月一日。
 福祉のことをテーマにした私の二冊目の本、「輝く笑顔のために」が、文芸社から刊行された。
 二月十四日
 バレンタインデーの日。
 家族全員が、珍しく休みの日であった
 朝、早く起きて、私は久し振りに張り切って、パウンドケーキを焼いた。
 そのケーキに、チョコレートを溶かして、コーティングもした。
 九時三十分に、ウゲゲの大好きな、赤身のマグロのお刺身を、近所のスーパーに買いに行く。
 十時三十分頃のこと。
 夫と、息子たちに大好物のハンバーグを作ろうと、ひき肉をこね始めた時だった。
 リビングにいたウゲゲが、突然「ウギャ」と、いつもと違う声を出した。
 ウゲゲの方を見る。
 鼻血が、ウゲゲの顔や胸、お腹をまっ赤に染めて流れている。
 フローリングの床にも血が流れて行く。
  私【わたし】より早く声を上げたのは、長男だった。
「エ! どうしたの! ウゲちゃん!」
「早く!タオル貸して!」
 私は、長男の側にあったタオルを受けとって、ウゲゲの鼻をタオルでギュッとつまむ。
 それでも、鼻血は、白いタオルを染めながら流れて行く。
 三分くらいたったのだろうか。
 とても長く感じられた。
 やっと鼻血が止まった。
 ウゲゲは、きっと苦しかっただろうに、鳴きもせず、ぬれたような美しい瞳で、私を見つめてくれている。
「人間がこんなに鼻血が出たら、苦しくて大騒ぎするのに……エライね、ウゲちゃん」
 静かに、シッポを振って答えてくれた。
 この頃、急にやせて小さくなった体【からだ】。
 夫と二人で動物病院に行く
 ウゲゲが大量の鼻血を出したことを、院長先生に伝える。
 止血用の注射を打ってもらい、血液検査の結果を待つ。体重は三キログラムに減【へ】っていた。
 肝臓【かんぞう】・腎臓【じんぞう】  の数値が一段と悪くなってきているとのこと。免疫力【めんえきりょく】が低下していること。
「先生、ウゲゲはどのくらい生きられますか」
 私は、今まで打ち消してきた言葉を口にしていた。
 私の問いかけに、院長先生は、静かに
「長くても数ヶ月……、いえ、そんなに長くないかもしれません……」
 頭の中がまっ白になった。
 いつか、こんなふうに言われる日が来ると、覚悟はして来たつもりなのに、涙があふれてくる。夫も、同じ思いだろう。
 看護師さんが、鼻血で染まったウゲゲの体を、優しく拭いてくれていた。
 ウゲゲは、診察が終わると、ケロッとしたような表情をして、診察台から、キャリーバックの中に、スイスイと入って行った。
「また、鼻血が出るかもしれません。変わった様子が見えたら、すぐに連れて来てください」
 院長先生は、キャリーバックの中のウゲゲを気にしながら、いつも通り優しく接っしてくださった。
 家に帰り、さっき、こね始めて中断していたひき肉を、もう一度こねて、ハンバーグの形を作り、オーブンに入れる。
 しかし、バレンタインデーで張り切っていた私の気持ちは、すっかり落ち込んでしまっていた。
 夫から、ウゲゲの状態を聞いた息子たちも静かだ。
「元気を出さなきゃ! 」――私は自分自身に言い聞かせた。
 ウゲゲは、まだ、こうして生きていてくれる。
 マグロのお刺身をお皿に入れてあげると、夢中で食べてくれている。器の中に空っぽになった。
 その後、心配していた鼻血は、一回も出なかった。
 キャットフードの缶詰もしっかり食べて、寒いのに、外にも出かけて行った。
 でも、この間まで、できていたジャンプもできなくなっていた。
 数日前から、外から帰って来ると、玄関の家族の靴が置いてある場所に座って、じっとしているようになった。
 抱っこして、家の中に入れてあげていた。
 ウゲゲを外に出すことが、毎回不安だった。
 猫は具合いが悪くなると、最期の場所を求めて、帰って来なくなることがあると聞いたことがある。交通事故だって心配だ。
(ちゃんと、家に帰って来てくれるだろうか)
 不安だった。外に出したくなかった。
 しかし、ウゲゲは、玄関の扉の前で、
「ニャオー」「ニャオー」
と大きな声で、外に出たがって鳴く。
 一緒に行こうかと思って玄関の扉を開けると、急にウゲゲは、走っていってしまい、追いかけるとかえって危ない気がした。
 心配になり、外で待【ま】っている。
 しばらくすると向こうの道路から、おぼつかない足でヨロヨロと帰ってくるウゲゲがいた。
 私を見つけると、いつものようにシッポを振っている。
 そして、ゆっくり、ゆっくりと★歩くように走って来た★。
 帰って来る時は、疲れていて、もうパワーは残っていなかったのだろう。

(ウゲゲは三月九日の「最後のお出かけ」の日まで、どこにも行ってしまうことなく、この家に最後【さいご】の最後【さいご】まで、帰って来てくれた。)

 三月一日
 ウゲゲは、家の中では、必らず玄関の所に置いてあった猫用のトイレで、おしっこをしていたが、失敗してしまうようになった。
 リビングに置かれたクッションベッド、座イス、ジュータン……。それらの上におしっこをした。
 それならばと、ウゲゲのトイレを、リビングに置いたが、あまり効果がない。
 もう、トイレに行くのもつらかったのだろうか。

 この日は、二月に出版された、私の二冊目の本「輝く笑顔のために」が増刷されたと、文芸社から電話で連絡を頂く。
 思いがけないほど早く、「夢の増刷」が決まった。
 私は、ウゲゲを抱きしめて、心の底から感謝の気持ちを伝えた。
「ウゲちゃん、きみがいなかったら、たぶん、この本は出版できていなかったと思う。
 母ちゃんが原稿を書いている時も、いつも見守ってくれていて『頑張れ、頑張れ、母ちゃん!』って応援してくれたね。きみのおかげだよ。ありがとう」
 そう言って頭をなでると、本当に優しい瞳で、私の顔をじーっと見てくれた。ウゲゲは本の増刷まで見届けてくれたのだ。
 三月九日
 夫と買い物に行った
 食欲も落ちていたウゲゲのため、スーパーで、ウゲゲの大好物のお刺身を買おうと思った。きれいに並べられたお刺身の中でも、紫【むらさき】色のケースに入った、マグロの中【ちゅう】トロは、特に美味しそうだった。四枚しか入っていないのに七百円近くした。
 ウゲゲの喜ぶ顔が見えるようだ。私が、
「今日は、奮発【ふんぱつ】して、中トロを買ってあげよう。」
 というと、
「人間より、ウゲゲ様の方が、ずっと贅沢だよな。」
 夫が、そういって笑った。
 予想通り、「ウグッ、ウグッ」とのどを鳴らしながら、中トロのお刺身を食べている。四枚食べ終わると、器まで、きれいになめていた。満足そうな顔。
 美味しかったんだね、ウゲちゃん。
 久し振りに、毛づくろいもしていた。
 この夜が、ウゲゲの「最期の食事」になってしまった。
 今でも、つくづく思う。
「きみの最期の★ごはん★、あんなに喜んで食べてくれて……中トロにしてあげて良かったよ」
と。

 三月十日
 昨日の夜、あんなに元気を取り戻したウゲゲが、クッションベッドで横になったままで、目は開けているが、起き上がろうとしない。
「どうしたの? ウゲちゃん」
 抱っこして立たせて見るが、もう足は立たず、そのまま床にくずれてしまった。
 スポイトで水を飲ませようとしたが、飲もうとしない。
 急激なウゲゲの変化に、胸がドキドキする。
 夫も、もう仕事に出かけてしまっている。
 落ちつかないといけない……自分に言いきかせた。
 私も、仕事に行かなければならない。
 幸い息子たちが、二人とも休みだ。
「ウゲちゃんのこと、頼むね! 」
「大丈夫だよ、急に、なにかあるなんてことないよ」
 と、次男が言った。
 息子たちも、ウゲゲの変化に戸惑っているようだが、あえて、落ち着いて答えてくれたのだろう。
 私は、自転車で、七、八分の介護施設に向かう。
(ウゲゲにもしものことがあったら……。仕事に行きたくない……休みたい) どうしようもないのに、思ってしまう。
 それでも、ヨシッ!と、気合いを入れる。
 入浴介助で、お年寄りの背中を洗いながら、涙が出て来てしまう。
 汗と湯気にまみれているから、きっと誰にもわからないだろう
 立つことも出来ないのに、優しい目をして、仕事に行く私を、クッションベッドの上で見送ってくれたウゲゲの姿が浮かんでくる
(ウゲちゃんが頑張っているんだから、母ちゃんも頑張る!)
 心の中で叫んだ。
 そして、仕事場ではプロなんだから、笑顔でいようと心に決める。
 夕方、五時半。仕事が終わる。
 自転車を走らせ、家に着くと、玄関に靴を脱ぎ捨てる。
「ウゲちゃん!」
 私は部屋の中に飛び込んだ。
 その時だった。
 レースのカーテンの方を向き、クッションベットの上に横たわっていたウゲゲが、頭を起こして、私の方を振り返った。
 そして、私を見て、
「ニャオ、ニャオ」
 と、小さな声だが、しっかりと、二回鳴いてくれたのだ。
「今まで、少しも鳴かなかったんだよ」
 長男が、驚いたように言った。
「ただいま、ウゲちゃん」
 これが、ウゲゲとの最期の会話になってしまった。
 きっと、私のことを必死で待っていてくれたのだろう。
 いつも仕事から帰ってくる私を、玄関まで迎えに来てくれたように……
 最期まで
「おかえり、母ちゃん」
 と声を出して、迎えてくれたんだよね。
 ウゲゲを、毛布ごと抱っこするが、あまりにも軽くて、悲しくなってしまう。
 夜の八時頃、夫が仕事から帰って来た。
「やっぱり、病院に連れて行こう」
 家族全員、同じ意見だった。
  だが、いつものA病院は、今日はお休みの日だ。そのうえ夜の八時半。
 他の病院に連れて行こうかとも思ったが、
「お世話になったA病院の院長先生に診てもらいたい」
と私は夫に言った
「とにかく院長先生の所に行ってみよう」
 夫が言い、息子たち二人も一緒に車に乗り込む。
 次男が、毛布にくるんだウゲゲを抱く
 A病院に着くと、病院内は電気がついていなかった。
「きっとお休みの日だから、先生、外出しているのかもしれないな。待ってみよう」
 夫が言い、車を、病院の前に止め、全員で車の中で待つ。
 雨のしずくが、車のフロントガラスをツ、ツ、ツ――とぬらしては線になり、消えていく。
「先生、どうぞ、帰って来てください。ウゲゲは先生のことが、大好きなんです」
 私は、祈りながらつぶやいた。
 病院に着いて、十分ぐらいたった頃だろうか。
 道路を挟【はさ】んで向こう側にある病院の駐車場に、一台の車が止まった。
 暗くてよく見えないが、
夫が
「あの車は、院長先生の車だ!」
という。
 夫が外に飛び出して行く
 暗がりで、夫が誰かと話している。
「ウワァ――! やっぱり院長先生だ」
 私は、車の中で叫んだ。家族みんなの祈りが通じたんだと思った。
 向こうから、院長先生と夫が一緒に走って来る。
 感動で胸の震えが止まらない。
 院長先生は、次男に抱かれた、ウゲゲを覗き込み、
「どうしたの、 ウゲちゃん!」
 と驚いた顔をした。
 院長先生は、お休みの日なのに、
 時間は、九時を過ぎていて、
 外出で、お疲れなのに、
嫌な顔も困った顔も、ひとつもなさらず、病院の電気をつけ、ウゲゲをすぐに診察してくださった。
 ウゲゲの体重は一、九五キログラム。二キログラムもない……。
 あんなにおデブちゃんで、初めて私たちと一緒に病院に来た時は、八キログラムもあったのに。
「先生、ウゲゲは大丈夫ですか? 病院に入院すれば治る見込みはありますか?」
 私はすがるような想いで聞いた。
「病院に入院しても、家で過ごしても、数時間の差【さ】です。私は、御家族の皆さんで、ウゲちゃんを抱きしめて、大切な時間をお家で過ごしてほしいと思います」
 と、院長先生は答えてくださった。
 もう、今夜か明日の生命【いのち】らしい。
 心臓がバクバクする。
 夫と息子たちは、自分の感情を出さないように、努【つと】めているのがわかる
 診察が終わり、私たちが車に乗り込もうとする時、院長先生は、ウゲゲの体に掛けた毛布の上から、使い捨てカイロを、そっと、貼り付けてくださった。
 そして、私たちの車が発車するまで、冷たい雨の降る中で、傘【かさ】もささず、ずっと見送ってくださったのである。
 九時四十分、家に着いた。
 ウゲゲは、目を閉じていて、眠っているのか、起きているのか、わからない。
 私たちは、代わる代わる、ウゲゲを抱き、撫【な】で、話しかけ続けた。
 次男は、ウゲゲを抱いたまま、自分の部屋に行き、十分以上戻って来なかった。
 きっと、家族がいる前では話せない自分の気持ちや思い出を、ウゲゲに伝えて来たのだろう。やはり、目がまっ赤だった。
 十一時を時計の針が指していた。
 私は本棚【ほんだな】から、一冊の本を取り出した。
 それは、「ボクの名前は『ウゲゲ天野』」の本だった。
 二〇一〇年に、私が自費出版した本だ。
「ウゲちゃん、これは、きみが、母ちゃんに書かせてくれた本です。ありがとう……。きみと出会えなかったら、この本はありませんでした。一生懸命読みますので、聞いてくださいね」
 私はそう言って、その時、夫の胸に抱かれていたウゲゲに声を掛けた。
 「ボクの名前は『ウゲゲ天野』」…………。
 そう、本のタイトルを読み始めた時、私はすでに泣いていた。
 それでも、ウゲゲの耳に聞こえるように大きな声で、ゆっくりゆっくり、読んでいった。
 不思議なことに、眠っているのか、起きているのかわからなかった。ウゲゲの目が、いつの間にか開いていた。
 きれいな、優しい目であった。
 私は、涙で、何度もつっかえながら、ウゲゲに向かって読み続けた。
 二十分以上、読んだだろうか。
「ウゲちゃん、全部、聞いてくれてありがとうございました。……ありがとうございました」
 私はウゲゲに頭を下げた。
 今までの感謝の気持ちが込みあげて来た。
 家に帰って来てからずっと、ウゲゲは苦しむ様子もなく、呼吸も静かだった。
 四人で丸くなって、ウゲゲを順番に抱っこしていた時だった。
 夫の腕にいたウゲゲが、「ウギャ」と一回、声を出し、苦しそうに表情をゆがめた。
 夫があわてて、ウゲゲを私に抱【だ】かせてくれた。
 ウゲゲは、二、三回、荒い呼吸をした後、スーッとそのまま息が止まった。

 三月十一日、夜中の十二時四十三分。
 ウゲゲは、東日本大震災から五年目の日、天国に旅立っていった。
 私たちが、ゼッタイに忘れられないその日に逝ってしまった。
「ウゲちゃんは、最後まで立派だったなあ。見事だったなあ」
 夫が涙声で言った。
 長男も、次男も、下を向いて泣いていた。
 私はもうこらえきれず、夜中だというのに、号泣していた。
「母ちゃんは、きみがいて、本当に幸せだったよ――! 楽しかったよ――! 可愛かったよ――! ウゲちゃ――ん! 大好きだよ――!」
 何度も、同じ言葉を繰り返しながら、泣き続けた。
 毛づくろいが、あまりできなくなった、ウゲゲの体の毛は、からまって、固くて、つやもなかった。
私は、少しずつ、指先でほぐしてあげたがきれいにならなかった。
 その晩は、家族全員で、一階のリビングで、ウゲゲを囲んで床に着いた。
 きっと、誰も、眠れなかったに違いない。
 私は、ただ、ただ、ずーっと涙を流し続けた。
 涙って、こんなに出るんだ……と思うくらい、泣いた。
 三月十一日の朝。
 少しまどろんだような気がする
 隣のクッションベッドで、毛布にくるまれているウゲゲの体。
(夢なのかもしれない)――、そう思って、さわってみてがく然とする。
(夢ではなかった、ウゲゲは、やっぱり、死んでしまった)
 あんなに泣いたのに、まだあふれるくらい涙は残っていた。
 洗面所の鏡にうつる、私の泣きはらしたまっ赤な目。
 私は、何度も冷たい水で、顔を洗った。
 早朝から、テレビでは、東日本大震災の追悼番組を、どの局も特集していた。津波の映像に、また胸が苦しくなる。
 どれだけ多くの方々が、その尊い生命を亡【な】くし、どれだけ多くの残された方々が、哀【かな】しんだのか……。
 心の中で手を合わせる。
 朝の八時頃、ウゲゲの前の飼い主さんの、Mさんに電話をし、ウゲゲが亡くなったことを伝えた。
 Mさんは、お花と、ウゲゲの好きだったキャットフードを持って、飛んで来てくださった。
 Mさんは、ウゲゲを胸に抱きしめ、
「この子は、宮下さんの家にもらっていただいて、本当に幸せな子でした……。本当にありがとうございました」
 と、涙を流しながら言ってくださった。
 その後【あと】、お世話になった近所の方にも連絡すると、数人の方が、お花を持ってウゲゲに会いに来てくださった。
 山梨の私の両親にも、ウゲゲが天国にいってしまったことを、電話で伝えた。
 猫好きで、今も、昔飼っていた猫のお墓に毎日手を合わせている父は、
「そうか……、いい子だったな、ウゲゲは」
 短い言葉だったが、電話口の声は、涙声だった。
 母は、
「ウゲゲは、自分の生き方を、自分で決めたんだよね。立派だったね。きっと、宮下家のこと、天国で見守ってくれるよ」
 と、しみじみと言ってくれた。

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愛猫【あいびょう】、ウゲゲ天野【あまの】と過ごした十年間の物語 (10)

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