大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。

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苦痛だったようです。
母は毎日、しっかりと家事をこなしていました。食事も規則正しいです。
父は、母の食事プラス、酒やつまみなどなど、プラスアルファが多かったのです。
完全なる生活習慣病です。
母も私たちも、「ほどほどにしときなよ。」と毎日のように言っていたのですが、
そう簡単には止められません。むしろ、もうあきれていました。

担当医さんも、それほど母を責めるつもりで言ったわけではないと思うのですが、
母の疲れきった心と体には相当きついものがあっと思います。

不幸は重なるもの

我が家にはペットがいました。シーズーと、マルチーズの雑種です。
名前は「りゅう」
家族全員、りゅうに溺愛していました。
父は入院中、「りゅうに会いたい。」「りゅうに会いたい。」
と連呼していました。
そんなりゅうが、父の入院中に父と一目も会えずに息を引き取りました。
りゅうも何カ月も続く入院生活をしていました。
私は、ほぼ毎日りゅうのお見舞いに行っていたのですが、
どうしても仕事の関係でお見舞いにいけなかった日がありました。
その翌日の早朝、りゅうが息を引き取ったという連絡が病院からきました。
冷たく固くなったりゅうは、どこかさみしげだったのを覚えています。
その知らせを父にも伝えると、
なにも言わずに、ただ悲しそうに黙っていました。

少しずつ変化する母と娘の気持ち

あれだけ父をないがしろにしてきた私たちですが、
心も鬼ではなかったようで、やはり父を心配する気持ちが大きいです。

家族とはこういうものなんですね。今ではそう思います。

父は、リハビリに苦しむうえ、溺愛していた愛犬りゅうが亡くなったと知り、
さらに落ち込む父を見て、母は何を思ったか、
「ラブラドールを買おう。」と、決心しました。

りゅうが亡くなって少したった時、
父に、「お父さんに内緒で、ラブラドール買うからね!」と言っていました。
この時点で内緒ではない。
当然、父は、またまた~。的な感じで信じてはいませんでした。

そして、母と私で折半し、ラブラドールを本当に飼いました。
新しい家族です。名前は「イブ」
母の本当の想いは、
「お父さんが家に帰ってきた時に遊び相手がいないでしょう?」
もちろん、りゅうが亡くなった悲しみは家族全員、
拭い去ることはできませんでしたが、
さみしそうな父を母が見かねたのだと思います。

いよいよ父へご対面。
父は外出ができなかったため、母に病院内にあるベランダに誘導するようにし、
私と姉は、そのベランダから見える芝生までイブを連れて待機。
イブの姿を見た父はとっても嬉しそうにしていました。
久しぶりにみる笑顔。隣で母も笑顔でした。
何年かぶりにみる、父と母の笑顔。
なんか、家族っていいなぁ。初めて本気で思ったかもしれません。

父の退院

母はずっと考えていました。「父が退院した後の介護」です。
退院できる状態とはいえ半身不随なので、絶対に誰かの手助けが必要となります。
母はその生活を拒絶しました。
「離婚しなかったことを後悔している。こんなはずじゃなかった。」
と、母は言いました。
退院を目の前にして、母は大きなプレッシャーに襲われていたんだと思います。
家族4人で話し合いにもなりました。
母は、「嫌だ。」の一点張り。父は、どうにか母を説得させようとしますが、
母の気持ちはなかなか変わりません。
それを見かねた姉は、「私が全部やる。」と言いました。
母は、それだったら・・・。と何とか踏みとどまり、
そのまま父は退院し家に戻ってきました。

私はというと、父の介護そっちのけ。ほとんど姉に任せっきりで、
たまに父から話かけられますが、聞こえないふり。ほぼ無視していました。

こんな時でも第二次反抗期はやってくるんです。

ですが、姉はしっかりと父の面倒を見ていました。
リハビリへの送り迎えに、食事の準備。
この頃から父はかなり荒れはじめました。
しかし、姉は父の心無い言動や、文句、愚痴に耐え日々こなしていました。
姉にとってもかなりの負担だったと思います。
母は姉を見て、
時間はかかりましたが少しずつ父との距離を縮めていくようになりました。
父が、「○○がほしいな。」というと、必ず父のために買って来たり、
「酒を飲んで死ねれば本望。」とまで言う父に、
母は、「週に1回だけね。」と言い、お酒を買ってきていたり。

バラバラになりかけた家族がまた一つになったようでした。
父も日に日に元気になっていくようでした。

初めて父に贈ったプレゼント

私自身も、少しづつ父との距離を縮めていました。
第二次反抗期もおさまり、少しは大人になってきたのでしょう。

よく、母と姉と大喧嘩した時も、父は私を気にかけてくれていました。
小さい頃も、母に叱られて家に入れてくれなくなった時も、
こっそり鍵をあけて入れてくれたり。
なんというか、両親のバランスがとれてますよね笑

そして、今日からちょうど一年前の父の日。
私は初めて父にプレゼントをしました。
父の大好きな焼酎をプレゼントしました。
渡すときは、なんと言っていいかもわからないし、なんだか照れくさくって、
顔も見ずに、ただ、「はい。」と言って渡してすぐに逃げました。

高価でいいものではないけれど、
私が父にしてきた事の、少しでも報いになれればと。
母から聞いた話ですが、
父は数日間、ずっとうれしそうにしてくれていたようです。
母に、「真紀がくれたんだ。」とずっと自慢していたようです。
大事そうに少しずつ飲んでくれて、
中身が無くなったとき、なんだかさみしそうでした。

そして、これが父に贈る最初で最後のプレゼントになりました。

母の号泣

その日はとても天気がよく、気持ちのいい日でした。

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