インドの山奥で修行してきた話-18 【村人たちとさようなら】

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1997年11月17日(月)第二十四日目  
クンバコーナム市を起点とした実測調査はこの日で最後。
翌日からは南インドタミルナドゥ州タンジャブール市に移動し、タミル大学やブリハディーシュワラ寺院を訪問して聞き取り調査を行う予定。これからは移動毎に都会に近づいていく。調査も最終盤に入り気持ちも幾分楽になる。
最終日と言っても前日までに調査は全て終わっており、この日はお世話になった人たちに「今までありがとう」と挨拶回りするのが目的みたいなもん。
別れをドラマチックに演出したくてなんか自分で色々準備してた。おみやげとか子供たちと遊ぶ道具とか。
前回調査の際、最終日は村の人達が名残惜しんで中々帰れない様な状況だったんでそれを期待してた。

ところがどっこい! みんな私を見掛けたらまた家の中に入られると警戒してるのか逃げまわる逃げまわる!
子供たちは学校行っててまだ帰ってきていない。


「いや。。。。今日はそういうんじゃなくて。。。。」と伝えたいんだけどこの日に限って英語を話せる村人とも遭遇しない。
村の通りで一人ポツーン状態でしたわ。仕方ないので寺に行って職員に「今日で最後だよー」と言いに行くもその時は賭けトランプに夢中で「あ。そう」みたいな素っ気ない対応。例の坊主もこの日は居ない。


うっわ〜、、、、完全にアテが外れたわ〜、、、、 リキシャには「いつも通り17:00に迎えに来て〜」って言ってあるし、暇なので街路スケッチ描き終わった今まだ15:00。残り2時間何しよ。。。。
残り30分というところで学校を終えた子供たちが続々と村に帰ってきた。寺の坊主も用事を終えたのか帰ってきた。
今回は子供達とゲイ疑惑坊主しか相手してくれない。しかも30分だけ。そして結構あっさりお別れ。ちと寂しい。
前回のお別れの日は村人のほとんどが寺の前に集合してて、僕らが2台のリキシャに分乗して出発した時なんか、みんな走って手を振りながら追いかけてくれたんだがなぁ。。。。。
ちなみに。前回調査の時私は調査中に現地語で話しかけてくる村人に対していつも「チンポコ」ってだけ答えてました。面倒臭かったんで。
ところが村人は皆「お前の名前は?」と問いかけてたようで、その答えが
「チンポコ」だったわけで私が村を歩くと「チンポコ!」「チンポコ!」と声を掛けてくる状況でした。
この前回調査時のそのお別れの時は、
みんな走って手を振りながら「チンポコ!」「チンポコ!」の大合唱だったわけで、あの時は腹抱えて笑ったなぁ



結局調査中の帰りと然程変わりない感じでホテルに戻り、20日滞在したホテルにも明日チェックアウトする旨を告げて荷造り開始。
ホテル・レストランでも最後の食事。と、近くのテーブルから必死に手を振る一人の男。あいつか。。。。。
実は今まで書いてなかったがこの街で「お前はビューティフルだ」と言ってきてずっと付きまとってくる男が居た。どうやら何処からか今日が最後と聞いて、このホテル・レストランで待ち構えていた様だ。メシが終わる頃には「一緒にBarに行こうぜ」と。ただこの街のBarはほとんど暗闇秘密クラブみたいな怪しさ。マドラスの酒場の数倍危険な感じなのでお断り。すると次は「お前の部屋に行きたい。いいだろ?」とか言い始める始末。


もう無視して部屋に一人で戻る。しばらく後部屋の電話が鳴る。フロントに精算お願いしていたのでその件だろうと出てみたら先程の男。。。。。
中々しつこい。「NO!」と言って電話を切る。私の生涯唯一のストーカー被害はインド人ゲイ。今振り返ると中々粋な経験。

翌朝AM8:30、新聞を持ってきた少年ボーイに起こされる。最後のチップをもらうために我先にという感じだったのであろう。
フロントに行き精算し、タンジャブールでのオススメ宿を紹介してもらう。リキシャオヤジを呼びホテルまでの道を説明してもらう。

1997年11月18日(火) PM12:00 HOTEL RAYAを出発。
見送りはリキシャオヤジ軍団のみ。オートリキシャで1時間半。
PM1:30 
HOTEL RAYAオススメのタンジャブール市のHOTEL TEMPLE TOWER に到着

(つづく)




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インドの山奥で修行してきた話-19 【今度のホテルにはツーリストデスクがあった】

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