インドの山奥で修行してきた話-19 【今度のホテルにはツーリストデスクがあった】

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1997年11月18日(火)第二十五日目 

ホテルの部屋に入る。今まで泊まったホテルの中で一番明るい。窓からは世界遺産のブリハディーシュワラ寺院も遠くに見える。
テレビは衛星放送まで観れる。アメリカアニメやハリウッド映画まで映る。約1ヶ月ぶりに触れる文明に感動。
しかし不潔。部屋はゴミだらけ。そしてゴキブリとヤモリが多数。 ただその程度の事では全く怯まなくなった。

PM2:00 昼食をと思いホテルのレストランへ
100人くらい入れそうなくらい広いのに客は自分一人。時間が食事時とズレてたせいかと思うもその後いつ見ても客がおらず。
味はそれ程ひどくなかったが、この広さの中一人で食事を待つ状況が辛すぎたので次からはルームサービスで食事を取ろうと決意。
レストランを出るとツーリストカウンターのおばちゃんが手招き。他に宿泊客もおらず暇なんだろう。


「観光はどうだ?」というので事情説明。部屋に資料一式を取りに戻りダラシュラム村で知り合った画家さんが書いてくれたタミル大学への紹介状を見せる。
するとその場で大学に電話掛け始めて翌日面会のアポイント取ってくれた。
しかも先方は英語があまり堪能じゃないということで通訳(タミル語→英語)として付いて来てくれると。報酬はどうせ暇だから気持ちだけで良いと。


ありがたい限り。部屋に戻り英語で質疑書を作成。それを再びツアーデスクのおばちゃんの所に持って行き打ち合わせ。
質疑書を説明しながら熱く語る私。おばちゃん怪訝な顔で「お前何やってんだ??タミル大学の建物見学したいじゃないのか??」と
全く伝わって無かった模様。明日のアポイントが不安になる。

PM6:00 酒を買いに行くためフロントで酒屋の場所を聞く。
行ってみたら只の雑貨屋だった。酒屋の場所を改めて聞いたらはるか向こうだとのこと。
その方向には
ブリハディーシュワラ寺院もあるので思い切ってそこまで行ってみることに。
。。。。。 インド寺院のデカさなめてた。。。。 10分も早歩きすれば着くだろうと思ってたが30分掛かった。
着いたら夕方だというのに凄い人混み。さすが有名な観光地。アイラバテシュバラ寺院とは規模が違う。

アイラバテシュバラ寺院の考古学研究所員に紹介状を書いてもらっていたので事務局へ突撃。
が、全然フレンドリーじゃない。「そんなことはタミル大学かマドラスの
考古学研究所で聞け」と面倒臭そうに追い返される。

PM7:00 諦めて寺を出てしばらく後に街中停電。外灯も何も光がない中いきなりジャングルみたいなところで一人ぼっち。
月明かりだけを頼りになんとか歩く。途中何かの穴に落ちた。足から血が出てて結構な怪我してるっぽいけどどうしようもないし暗くて怪我の状況も分からないのでとにかく歩く。その間「二度とインドに来るもんか!」と恨みを募らせる。



ホテルに到着するもホテルも全館停電中。フロントでロウソクをもらう。
冷房も効かない中、ホテルの部屋でじっとロウソクの火を見つめ続けて1時間。その間暑くて窓開けてるので蚊に刺されまくる。
ストレスマックス。「二度とインドに来るもんか!」と思ったもんです。この時は。

PM8:30 やっと電気がついたのでルームサービスでメシ食って再度明日の質疑事項をまとめる。
AM1:00 就寝 

1997年11月19日(水)第二十六日目 
大学へのアポイントは14時〜なので、まずはツアーデスクのおばちゃんと王宮都市巡り
今回は通訳付きとは言え、またもアポ無し「あなたの家を測らせてください」祭り。
ここは観光客慣れしててかなり厄介だった。お願いするもひたすら「金くれ」「金よこせ」攻撃を受ける。
通訳のおばちゃんは何故観光地に来て遺跡を見ないで人の家に入りたがるのか全く理解できない模様。そら理解できんやろうなぁ。。。。
2軒スケッチを取ったところで実測もこれ以上の交渉も諦める。これ以上の調査はかなり危険な感じがしたので。
今日の大学への聞き取りが終わったら明日にでもマドラスに移動しようと決心。

PM2:00 タミル大学着 そこでは予想もしなかった事態に!!!

(つづく)



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インドの山奥で修行してきた話-20 【タミル大学へ。そしてさよならタンジャブール】

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