【第7話】恋する惑星:シンガポール1996年、ベンクーレン通りの安宿にて

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キャサリン妃の潤んだ瞳が僕を見つめている。

「ねえ、わたしのこと、どう思う?」

旅行の醍醐味、それは出会い。それはゴリラにギネスを飲まされるというような苦々しい出会いではなく、可愛らしい女子との出会い。しかもお互いに一人旅であることが望ましい。

出会い、そして恋。オレの旅は今、クライマックスを迎えつつある。バンコクから苦節3週間。汗臭いベッドの南京虫に悩まされ、ローカルバスの吹雪のような冷風に吹きさらされ、ぼったくり、普通に不味い飯、食あたり水あたり、くるくる巻き毛の奇行に耐え、バイク便とICUとの叶わぬ恋を横目に見つつ、しかし、クランベリーズのDreamsは今、オレのために鳴り響く。ウェルカム!恋する惑星!

「あの、こんなこと自分で言うのもなんか恥ずかしいんだけど、あなたには思いきって打ち明けるわ。」

キャサリン妃は少しそわそわしながら指先を口の回りに当てて話を続ける。

「あー、どうしよ、こんなことほんとに言っちゃって良いのかしら?ねえ、はじめに言っておくけど、わたしのこと自信過剰な生意気な女だと思わないでね。」

伏し目がちなキャサリン妃の頬が赤くなる。思わないとも!どんと来いキャサリン妃。今、オレの度量はアフリカのサバンナより広く、そしてマリアナ海溝よりも深い。カモン、キャサリン妃!

「わたし、自分の容姿には一応自信を持ってきたつもり。それに男の人から声をかけられたりするのにも慣れていたつもりなの。」

うんうん、それで?

「でも、何なのこの気持ち。例えばこうして向かい合って話したりしてると、どこかわたしにおかしいところはないかしら?変なこと言って嫌われてないかしら?って、いつも気になって仕方なかったの。」

そんな、君におかしいところなんか少しもないさ。だから君はセントーサ島で何度もわたしの言ってることわかる、って聞いたのかい?

「あー、どうしよ、今もこんなことを考え出すと、おかしくなっちゃいそう。好きっていう気持ちが押さえきれなくて、もう爆発しちゃいそう。ここしばらくは何しててもこんなことばっかり考えちゃって。これじゃまるで初恋真っ最中の女の子みたい。」

いいじゃないか、キャサリン妃。初恋でもなんでもさ。とにかく、それが恋ってやつなのさ。出会いそして一目惚れ、これは運命かもしれないよ、キャサリン妃!

「え、ホント?あなたもそう思ってくれる?信じていいのね?あー、良かった。言うまではどうしようかすごく迷ってたの。でも、思いきって打ち明けて本当に良かった。こんな変なこと考えてるのはわたしだけかも、って不安だったの。」

よかばい、よかばい、キャサリン妃。君の気持ちはよーくわかった。

「ねえ、本当にわたしのこと変な女だと思ってない?こんなこと、時には起こることもあるわよね?」

キャサリン妃の指が口元から額に移る。あるある、いや、あってもなくても、もはやどうでもよろしい。君はただ自分の気持ちに素直に行動すれば良いのだよ。

「本当ね、本当にわたし自分の気持ちに素直に行動してもいいのね!」

オフコース!カモン!キャサリン妃!

「うん、わたしもう迷わない。決めたわ!」

キャサリン妃はベンチから立ち上がる。それにあわせて僕も立ち上がる。キャサリン妃が僕をハグ!

キターーーーー。ハグが決まれば次は

今、俺様の唇は明石のタコのように鋭くとがっているぜ。さぁ、キャサリン妃よ!熱いベーゼをイザ!キャサリン妃はハグを振りほどき言った。

「わたし、マラッカに戻るわ!」

ん?ん?マラ?マラ?ちと気が早いぞキャサリン妃。ん?あー、マラッカ?何、それって食えるのか?

「あたし、彼と一緒に旅行してて本当にいつ嫌われるのかってびくびくしてて、彼の前でどう振る舞ったらいいかわからなくなっちゃったの。で、わたし、何を聞かれても、わからないわからないって、そしたら彼の機嫌はどんどん悪くなるし、、、それでどうせ嫌われるならって、バーンってなっちゃって。で、彼のところを飛び出してきちゃったの。わたし今まで自分に自信持ってた分、ボロが出るのを恐れてたのね。でも、もう迷わない。これからは自分の気持ちに素直に行動するわ。ありがとう。あなたに相談して本当に良かった。」

旅のクライマックスは幻だった。チャンスの神様は前髪すらなく、ツルッパゲだった。さようなら、恋する惑星、束の間のドキドキをありがとう。Dreamsはこだまとなってシンガポールの空に消えた。

キャサリン妃はICUと名残を惜しみつつも、その日の夜行バスで彼のいるマラッカへと旅立っていった。キャサリン妃を見送るICUがつぶやく。

「いいなあ、私にもあんな行動力があったらなあ。」

いつもの通り、遠い目をしているバイク便。その日の夜も僕はバイク便と連れ立ってゴリラと行きつけのパブにいた。さすがのバイク便も昼間にあえなく消えた僕のうたかたの恋の結末を笑みをこらえながらゴリラに開陳した。はじめは動揺を見せたゴリラも、バイク便による見事なオチに涙を流して爆笑した。

「ぐはは、お前は正真正銘のフ○ャ○ンケツの穴野郎だ。しかしな、そんなお前のことが俺は大好きだ。」

その夜ゴリラは僕にとってもやさしかった。しばらくするとゴリラはスコッチウイスキーのビンとショットグラスを三つ持って来て、なみなみと注いだ。

「フォー、フ○ッ○ンサドリーボーイ!ウホー!」

ゴリラはグラスを高々と上げてこう叫びグラスを空にした。バイク便も苦笑しながら杯を干す。僕もやけくそになって一杯だけスコッチを飲み下した。

それからゴリラとバイク便は、キャサリン妃、キャサリン妃の彼のために乾杯し飲み続けた。僕のグラスはゴリラが空けた。上機嫌のゴリラは思わずこんなことを口走った。目を丸くして驚くバイク便。

「しかし、いい女だったなあ、キャサリン妃。機会があればまたお手合わせ願いたいものだ。」

ゴリラよ、僕はお前のことが嫌いだったけど、今はもっと嫌いだ。

「フォー、ダイビングゴリラ!ホープトゥービーヒューマンビーイングスーン!」

チキンな僕は心の中でこうつぶやいた。

つづく

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