6月の1話 サマースクール開校

前編: 5月の2話 サマースクール参加決定
後編: 7月の1話 英語発声のブレイクスルー

サマースクールの開催場所はイタリア。人生、2度目のイタリアだ。一度目は、まだIT系企業で働いていたとき、姉とパックツアーに参加した。まさか2度目が、転職、大学院入学を経て、学生としてサマースクールに参加していようとは夢にも思わなかった。

 まずはナポリ空港に到着し、学校側の待ち合わせ時間までの3時間、空港で過ごした。空港でランチを摂って、アイスクリームを食べて、「小さい、は、ピッコロっていうのか。ピッコロ大魔王はイタリア語だったんだな」とかいう感想を持っていた。後、手持ちの電子辞書でイタリア語を少し勉強したりした。「これは何ですか」「これはいくらですか」あと挨拶とか。

 時間が来て、待ち合わせ場所付近をウロウロしていると、声を掛けてくれた人がいた。サマースクールのパネルを持った人がいた。車はバンだった。乗り込むと、既に何人かがいて、お話している。私も、後ろの方の席にいた男の子とお話をした。年齢は25歳前後。30歳代の子も5人くらいいて、私もその1人だ。見た目からバイタリティがあふれているエジプト人の男性、イタリア人的空気を醸し出した2人のペア、イタリア人の妖精のようにきれいな女の子、GAIA。個性豊かなメンバーだ。社会に出ると、こんな風に、人それぞれの個性豊かさに触れて、純粋にその子の人格を尊重して楽しめる場なんてなかなかなくなってくる。人々は、何か利を得ようとしてその場に集まる。そんな中で、目的以外のことは期待してない、とばかりに人との繋がりががっちり持てなくなってくる。それに比べて、この学生ノリな感じが、とても懐かしく、楽しく思えた。

 講義は朝から晩までみっちり行われた。私は毎時間、一番前の席に陣取り、英語力に自信の無い私は、一言一句を聞き逃すまいと、じっと集中して緊張感を持って聞いていた。背筋は伸び、両肘を付き、両手の拳をぐっと握って顎の前に固定。目はかっと見開いてまっすぐ講師を見ていた。自分自身でも驚くほどの集中力。こんなにがっぷり授業を聞いたのは、もしかしたら小学校ぶりくらいかも知れなかった。講師陣の授業も充実していて、とても内容の濃い授業、上手なプレゼンだった。衛星と衛星データに関する様々な専門的な授業を受けて、私は本当に毎日お腹いっぱいだった。講義の内容は簡単ではなかった。英語であるというばかりではない。私はまだ、じっと聞いて、分かる、分からないを選別しているようなレベルにあったが、他の参加者は、きっと英語でも一言一句意味が取れているに違いないのだ。課題も出て、それをこなすのも結構大変だった。出来る人に聞いて、参考にしながら自分も理解しようとする。なかなかに大変な作業だった。

 授業で、海洋の測定といっても、船とブイでやること、ブイも世界中に設置されているわけではないし、船の航路も限られている。それでも、ここ何十年かで、これだけのことが分かってきている、という話を聞いた。太陽からの熱というもの、温暖化の熱というものが、どれだけ熱いのかをサッカーコートにナントカWのストーブが10いくつもついてあっためる、という比喩を用いて、概念的に分かりやすく説明してくれる先生もいた。お話ぶり、知識の広範さ、深さのどれもが素晴らしくクオリティが高かった。

 1週間のサマースクールを終えて、講義の内容があまりにも関心が持てない、と意欲を失っている子もいたし、私みたいに、分かってないけど意欲満々な人もいた。開催地のBeneventoは非常に歴史ある街で、素晴らしい遺産を巡るツアーに参加させてもらったり、初めて一般人に公開する、こないだまで土の中にあった過去の都市の跡を見せてもらったりもした。仲良くなった子と遺跡観光に出掛け、歴史あるコロッセオで宗教の話などを語り合ったりもした。「あなたはとても感謝する人ね」と私の感受性を褒めてもらったりもした。元気にしてるかな……

 色々あって充実したサマースクールだった。スクール後に課された宿題は、結局提出することができなかったのが心残りだ。また彼らに会いたいと思う。もし会えることがあれば、本当に嬉しい。ま、連絡先は聞いているのだから、会おうと思えば会えるのだ。

 あまりにほっとしたのだろう、帰りに空港のトイレに大事なものバッグを置き忘れるという、大失敗をおかしてしまった。走り回って探し、最後は現金とデジモノ以外のものはそっくりそのまま返ってきたが、あれはすごく密度の濃い経験をした。詳しくは省略するが、興味があったら、当時の日記に詳細を書き残しているので、番外編を書きたいと思う。

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7月の1話 英語発声のブレイクスルー

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