7月の4話 フランスに来た理由2

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私は元々、地球環境問題に興味があった。だから大学も、環境理工学部、という名前の学部を選んだ。まだ、インターネットは一般家庭には普及していない代物で、進路を決める際の情報ソースは学部の名前だけだったと言って過言ではない時代、当時はまだ環境と名の付く学部は珍しく、私は学部の名前だけでその大学を選んだ。

 しかし、入学してみると、そこは、工学部精密応用化学科、と言える内容だった。授業の専門科目には、量子化学、物理化学、無機化学、有機化学、化学結合論などが並ぶ。「環境」と名の付くのは、選択必修の「環境科学概論」のみ。概論が一番面白かったのは言うまでもない。

 しかも私はこの、学部の名前と授業内容のミスマッチについて、大学3年生になるまで気付かなかった。「必修」という単語の意味が分からない(当時Wikipediaもない時代)ままに授業に出席していた。学生実験のとき、1年間順番に各研究室の実験(化学分析、電子状態計算、回転数とナントカの関係、セラミック材料作成とその性能評価、有機化学合成など)をやってみて、「これだけ? この中から、4年生で所属する研究室を選ぶわけ? 」、そう思ったときに、やっとはっきり分かったのだ、ここは、工学部だったのだ、と。

 それでも、私は元々何にでも興味があるタイプの人間で、初めて習う事柄であれば、一様にある程度の関心が持てた。興味のあったコンピューターシミュレーションを使うテーマも出来そうだった。私が興味を持ったテーマは、原子と原子の化学結合の様子を、量子化学の数式をコンピューターに計算させるというものだったが、物質を小さく小さくしていくと原子になる。その周りに電子が群がっている。ほら、私の着ている服にも、私の皮膚にも、そこに原子があって、電子がある。そう思うと、なかなか面白かったのだ。

 だけど元々、私の興味は別にある。同じ学科出身の友達は皆受けていた大学院の授業には殆ど出ず、私は1人勝手に、理学部へ行って地球科学概論だの、数学科へ行ってシミュレーションとビジュアリゼーションだのという授業を受けていた。そこで、流体シミュレーションという分野に出会ったのだ。私はこの授業でアニメーションとして動くシミュレーションを見て、すごい! と思ってドキドキした。その興奮のまま、その授業の先生のところへ行って、先生とよく話をしてもらえるようになった。これが私が分野を転向したきっかけだ。私が博士にしては実力が足りてない理由の1つはこの、専門を変えた、ということである。

 もう1つ、理由がある、と思っている。それは、残念ながら、大学で良い指導者、良い研究仲間と出会えなかったことだ。

 私は、元々研究のようなことが好きだったのだろう。あまり考えることなく、修士まで進み、自分なりには頭を悩まし、いっぱしの研究をするつもりで取り組んでいた。しかし、私の研究室の体勢は、上が下を教えるという教育の循環が出来ておらず、私は一人で自分のテーマと向き合っていた。教授に聞こうにも、私が悩んでいる悩みは、教授に聞く以前の問題であるような気がして聞くことが出来なかった。たまに聞いても、私が的外れな思い込みをしているのか、納得のいく回答をもらえることは少なかった。私の思い込みや足りない知識を見極めて、納得のいくように正してくれたり、説明してくれたりすることも無かった。そんなときは、ああ、私は知らないことがいっぱいあるんだな、と思って終わる。その知らないらしい知識をまずつけなければ、と、自分で何が足りないのかを推測して、本を読んで勉強する。だから時間が掛かってきた。

 だけど、家庭教師の経験が長く、親御さんにもお子さんにも喜んでもらってきた、という自負がある私から言わせれば、生徒のためになっていないアドバイスなんて、何もしていないのと同じことだ。生徒が自分のレベルに合わせることが出来るわけがないのだから、自分が生徒の気持ちに同調し、生徒に何が足りないのかを見極め、必要なところに必要なものを与えてこそ、やっと

生徒の役に立てるし、それこそが先生の先生たる価値だろうと思っている。

 だけど、そんなことを人に話したら、大抵、私は甘え過ぎ、求め過ぎだと言われてきた。自分の勉強不足を棚に上げて、という見方もあるだろうし、そう言われれば反論できる根拠も無い。

だけど本当に、これは甘え過ぎなんだろうか? 求め過ぎなんだろうか? 私はこのやり方で高校まで自分の実力を上げてきたと思うし、家庭教師先のお子さんの実力を引き上げることが出来てきたと思う。実力の上がった生徒さんは、上がった実力を踏み台にして、私にももう教えられないような高いところまで、勝手に自分で向かうようになるのだ。どうしてそうなるまでの手助けを求めてはいけないのだろうか? もし自分の勉強が足りるまで、先生から「自分にとって」価値のあるアドバイスがもらえないのだとしたら、自分は一体何のために研究室に所属しているのだろうか? 論文の後ろに名前をつけて、論文に泊を付けるためだけに、卒業の称号を得るためだけに、授業料を支払っているような気分にもなっていたのだ。

 ある日、フランスの同じオフィスの同僚が、どうしてフランスに来たのか、と私に聞いてきたことがあるが、その問いに対し、私は「日本の大学教育に失望していたから」と答えたことをよく覚えている。もちろん英語でのやり取りなのだが、不自由な言語で話すとき、修飾するスキルが無いので、より端的で、核心を突いた答えになるようだ。そうだ、私は、私が受けてきた大学での教育に、大きな失望感を持っていたのだ。    

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7月の5話 フランスに来た理由3

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