2-6.アホ、バタバタする

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さて…この南相馬で『子供達が思いっきり遊び回れる遊び場をつくる』という事は決まった。

決めてしまった後に、数人にこの事を相談した(順番が逆だろうと言いたいトコだとは思うが)。だが、近しい人ほど『そんなのムリだろ。』『やめとけ』と反対した。まぁさもありなん。放射能パニックまっただ中の南相馬で、子供の遊び場を開くなんて、怒られるのは目に見えてる。この時点で、この街に住む事には賛否両論があった。中には『子供を南相馬市に居させるなんて!子供のみを危険にさらす行為だ!』という意見もあった。そういった人たちからの抗議はどう対応するんだ?もしも遊びの最中に、事故が起こったらどうするんだ?それ以前に、遊び場を開く資金も準備期間も無い中で、実現なんか出来ないだろ。概ねそんな理由で反対された。

放射能パニックへの対処法なんて、マニュアルがある訳じゃない。抗議への対応なんて想定出来るものでも無い。事故が起こった時の責任も、どう取れば良いのか経験がない。

でも、一つだけ決めている事があった。


“問題が起こったら、みんなで誠実に対応しよう”


”怒られたら、みんなでごめんなさいしよう”


という事だった。

もちろん、考え得るだけの備えはしておくのが前提だ。万が一の事故に備えて、地元の病院との連携は取っていたし、ボランティアで看護師も常駐する手はずは整えた。イベント保険にも加入した。けど、ここで大事なのは『腹を決めて取り組む』という事だった。その心積もりが大事だった。みんなでリスクを負い、責任を持って取り組もう。最後の最後はそこだろう。そうでなければ、なかなかこんなイレギュラーなことは出来ない。




準備期間はめちゃめちゃ短い。さぁどうする?


“必要だと思った事はじゃんじゃん行動していこう。”


これしかなかった。

早速コアメンバーが集まって、最初のミーティングを行った。集まった場所は『まちなかひろば』のスーパー『市民市場』にある小部屋だ。時間は午前10時。この時点で、コアメンバーはアリー、ザック、私のほかに、バーテンダーのE君、ぞうにぃ(日本全国の雑煮の研究をしてるという変なやつ)の5人になっていた。先ずはどんな遊び場にするかという提案が、アリーからなされた。アリーは『冒険遊び場』という子どもの遊び場にも精通していて、どんな遊び場が良いかというプランを既につくっていた。遊び場を開催する日は、2012年3月25日から4月8日までの15日間。使用する会場は、南相馬市鹿島区にある『万葉ふれあいセンター』で、何と全館2週間ぶっ通しで借りられる事になっていた。

『こんな遊び場にしよう』『こんなコーナーをつくろう』『こんなモノが必要だ』という事が、どんどん決まっていった。それらの事が決まると、メンバーのその日一日の動き方が話され、役割分担がなされた。そうして決まった事に従い、ミーティング終了と同時にそれぞれが動き出す。

ある者は役所との打ち合わせに、ある者は協力してくれる地元企業を探しに、ある者は必要な物資の調達に。


一日中動いた後は、メンバー全員再集合してその日の成果を報告しあい、次の日にすべき事の話をした。

これ以後、開催までずっとこの調子で、メンバーみんながフル回転していく。


そんな中、私も協力者集めから資材集め、会場との打ち合わせなど、毎日バタバタと動き回った。これまでに経験した事の無い動きだったが、何を隠そう私は、トラックドライバーになる前は営業マン。誰かと交渉する事は経験済みだった。様々な人と交渉や打ち合わせをするうえで、そんな経験が役だったかも知れない。何が幸いするかなんて分からないね。何でもやっておくモンだな。



ある日の私は、地元のホームセンターにいた。遊び場で材木を使った遊びをしたいと考えたのだが、そのためには、材木やのこぎり、ボンドに勝った^など、必要なモノが色々あった。でもそうしたものを買いそろえるお金は無い。


じゃあどうしよう……


頼んでみたらくれるんじゃねえか?

言うだけならタダなんだから、ダメもとでお願いしてみっか。


恐ろしい発想だった!でも、本気でお願いしたら協力してくれるかも。もちろん、きちんとお店にプレゼンする為の資料を揃えて、ホームセンターの店長をアポなしで訪ねて行った。

『子供達がピンチなんです!』『こんな遊び場をつくりたいんです!』『そのために、是非とも協力して頂きたいんです!』


そんなプレゼンをしたのち、支援してほしい物品のリストを手渡した。

すると…何と二つ返事で了承してもらえたのだ!

凄ぇ…信じられねえ。我ながら驚いた。だって、いくら震災後とはいえ、普通に営業してるホームセンターに、ありていに言えば「これとこれタダで頂戴」と言いに行ったんだよ。断られると思うでしょ。

でも受け入れてくれた。この店の店長は他の地域から転勤でやって来た人だったのだが、この震災を受けて、危機感を持ってくれてたのだ。

「頑張って下さい!これからも応援します!」

と言ってくれた。その後この言葉に再び甘える事になるのだが(笑)。




別のある日は、ザックと一緒に地元のバス会社を訪れていた。

南相馬は、元々は鹿島町、原町市、小高町という3つの自治体だった地域が、平成の大合併で合併して出来たかなり広い街だ。住民の移動手段は車だ。そして万葉ふれあいセンターは、利用者は車で訪れるような場所にあった。つまり、車の運転が出来ない子供は、誰かに連れてきてもらわなければ来る事が出来ないのだ。

じゃあどうしよう……


シャトルバスとか出してもらえるか、頼んでみっか?


言うだけならタダなんだから、ダメもとでお願いしてみっか。


これまた恐ろしい発想だった!だって15日間も、無料でバスの運行なんか、普通は無理っしょ。だけどこの時も、とにかく本気でお願いしてみよう。是非とも力を貸して欲しい。

この時もアポなしで社長を訪ねて行った。

この日のお願いは主にザックがしたのだが、この時も二つ返事で了承してもらえた!

この時は事前に、地元の中小企業家同友会の顔役であるTさんに話を通しておき、『もしかしたら、こんな馬鹿なやつが何かをお願いに行くかも』という情報をTさんから流しておいてもらっていたのだ。



とにかくこのようにして、地元の協力者を集めていった。

他にも、遊び場の資材として大量の段ボールを提供してもらったり、出されるごみの処分をお願いしたり、子供達に配るお茶を提供してもらったり、とにかくたくさんの協力を頂く事が出来た。


バタバタと準備を進め、開催出来るかどうかも疑わしかった『遊び場を開く』という企画が、何だか一気に実現に向けて進んでいった。この間とんでもなく忙しかったのだが、何かを実現出来そうな期待感と、実現に向けて有り得ない事を為してきた満足感を味わっていた。とにかくとんでもなくワクワクしながら、毎日バタバタと過ごしていたのだ。


あっという間に時は過ぎ、いよいよ遊び場の開幕。

さて…子供達は来るのだろうか。

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アホの力 2-7.アホ、国民になる

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