安本豊360℃ 歌に憧れたサッカー少年 Vol.20 「広島」

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翌朝、サービスエリアで目覚めた豊たちは、そのまま広島へ向かった。


あてなどなかったが、駅がいいんじゃないかと勝手に思って、広島駅を目的地に決めた。


駅の路上ライブ…それが、彼らには最も思いつきやすい情景だったのだろう。


適当なところで車を駐車場に入れて、広島駅の少し開けたスペースを陣取り、ギターケースを開けて、3人で歌い始めた10秒後、目の前にあった交番から、警察官が、胸の前で腕を交差しながら「はい、ダメ~!」と近づいてきた。


豊たちの住む隣町の駅では、目の前に交番がある立地でさんざん路上ライブをしても、何も言われなかったので、その場所で怒られるとは思わなかった。


「え~…ダメなんですかぁ~」


どうやら、演奏活動が禁止されているエリアを選んでしまったようだった。


「あのぅ、僕ら、西日本ライブツァーをしようってことで、明石から来たんですよぉ。このあたりで、演奏してもいいところってどっかありませんか?」


少年たちは、広げたギターケースを片付けながら、恐る恐る警察官の顔を見上げた。


少年たちが思う以上に、警察官は友好的で、路上ライブにも理解を示してくれた。


「今日は、そこの商店街でおまつりやっとうけん、そっち行きんさい。」

 



広島駅の西側には、太田川の支流が何本か流れていて、街はさらにその西側に開けていた。


金座商店街は、昭和4年に「福屋百貨店」が出店したことを機に、東京の銀座より立派な街にしようという意気込みで、名付けられたという。


毎年、6月の第一金曜日からの3日間は、商店街の南側にある稲荷山円隆寺のお稲荷さんのまつりがある。


「とうかさん」というこのおまつりが、広島の夏の始まりとされ、老いも若きも、この日から浴衣を着始め、縁日に繰り出して、厄払いのうちわを買って帰るのが習わしなのである。


人出は、この3日間、連日、数万人を超える。


豊たちは、偶然ながら、このとうかさんに出くわしたのだ。


浴衣姿の若い女の子たちも、友達同士やカップルで出かけてきていて、少年たちは、それだけで、嬉しい気分になっていた。


商店街の催しは、「ゆかたできん祭」と名付けられていて、歩行者天国に出されたブースやちょっとしたショーなどもあり、豊たちは、観光客としてしばらくそぞろ歩いた。


夕暮れ時になって、商店街の、シャッターの締まった店舗の前で、ギターケースを開いて、3人は歌い始めた。


音につられてあっという間にできた人垣に、少年たちは興奮してきた。

すぐ目の前から浴衣の女の子たちの笑い声が聞こえてくる。


「どの娘がいい?」「俺、右から2番目」「俺、左端」などと勝手なことを言いながら、少年たちの歌のボリュームは徐々に上がっていった。


人垣の中に、ひと際目を引く色っぽい女性がいた。


おそらくスナックのママさんだっただろう。


映画「極道の妻たち」に出てきそうな、粋で、どこか肝の座った風の女性は、少年たちの歌をしばらく聞いた後、「がんばってね。」と笑いかけると、帯の間からスッと畳んだお札を出して、ギターケースの中に入れて立ち去った。


「スゲー…」


「めっちゃきれいな人やったなぁ」


「さすが、広島や…」


少年たちは、彼女の放つ気に圧倒された。


その後も、豊たちを囲む人垣は、歌に合わせて手拍子をしてくれたり、写真を撮ってくれたりと、あたたかなフィードバックを与えてくれた。


3人ともが同じ浴衣の女の子に目を奪われ、もう少し彼女との時間を楽しみたい…と思いながら、「いやぁ~、でも、次、行かなあかんからぁ~」と、特に急ぐ旅でもないのに、自分たちを持ち上げて見せたりもした。


結局、ギターケースの中に入った投げ銭は、スナックのママさんの入れてくれたお札が最も高額で、それ以外はコインだったので、全体としては大したものではなかったが、おまつりの雰囲気も、浴衣の女の子たちも、少年たちの気持ちを満たすには充分以上のものだった。

 



広島からは、高速道路を使わず、国道を走って西に向かった。


大きな意味はない。


急いでもいないし、街の中を走っていく方が、旅をしている感覚がより味わえるから…といったところだった。

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