安本豊360℃ 歌に憧れたサッカー少年 Vol.21 「九州へ」

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車は、走っていれば、そのうちどこかへ行きつくもので、コロコロと転がって 豊たちは、下関に着いた。


ここまでくると、さすがに何のなじみもない。


路上ライブがどこでできるのか、まるっきり見当もつかず、有名な観光スポットの唐戸市場の駐車場へと入っていった。

 



唐戸市場は、海のすぐそばに建っている。


潮のかおりに誘われて、海に目をやれば、対岸には、九州の門司港が見える。


市場と言っても、近代的な建物の中に、魚たちが元気よく泳ぐ水槽がいくつも並んでいて、清潔で、整理された感じだった。


大きな屋根に囲われた建物の中は、よく声が響く。


販売店で働く人たちの威勢の良い呼び声が、あちらこちらから聞こえてきて、なんとも活気があった。


唐戸市場は、地方卸売市場で、魚以外にも野菜や花なども売られている。

2階には、新鮮な素材を使った市場食堂もある。


海沿いの街で育った、料理人の息子の豊は、新鮮な魚に目がない。


話はすぐに、2階の食堂へ行く方向へと流れていった。


ギター&ヴォーカルのヨシヒロは、慎重派で、旅が始まったばかりのところで、お金を使ってしまってはいけないと止めたが、豊とパーカッションのカズは「そんなもん、使うときは、使わな、次に入ってこえへんねん。」などと、わかったようなことを言いながら、刺身の盛り合わせやにぎり寿司など、食べたいものをどんどん注文した。


さんざん食べて、満腹になった豊たちは、唐戸市場を後にして、対岸の門司港へ行くことにした。


唐戸市場からは、少し北上して関門橋を渡り、門司港を目指したが、路上ライブができそうな場所は見つからないまま、普通の観光客のように門司港レトロへと車を進めた。


そこへいけば、どこか、路上ライブをできそうな場所がみつかるかもしれない…という安直な発想だった。


門司港レトロは、門司港駅周辺に残る外国貿易時代の風情を残す建物を、大正レトロとして整備した観光スポットである。


赤いレンガの壁に白い窓枠のある重厚な建物や、石造りの瀟洒な邸宅などが、当時のモダンな文化を感じさせた。


ここは、「焼きカレー」発祥の地とも言われている。


それぞれに特徴のある焼きカレーを出すお店が、この地区には点在しているのだが、なにしろ、つい先ほど唐戸市場で、獲れたての魚に小躍りして、散財してきたもので、豊たちのおなかには、もう焼きカレーの入る余地は残されていなかった。


「ん~、けど、せっかく来たんやし…」


と、カズが言い出して、豊たちは海に面したテラスのあるカフェで、今しがた後にしてきた海の向こうの唐戸市場を眺めながらメロンソーダを注文した。

 



この時の門司港レトロが、なぜだか豊の心に強く残っていて、その後、豊はここを何度か訪れている。


焼きカレーで有名な場所なので、焼きカレーを食べてみたいと思うのだが、いつもタイミングが悪く、どこかで食事を済ませた後になってしまい、結局、毎度毎度、メロンソーダで終わってしまう。


どうにも間の抜けた自分を振りかえって、くすっと笑ってしまう…そんな気持ちを「レトロ街」という歌にした。

 



結局のところ、下関でも門司港でも路上ライブはできなかったが、豊たちは旅を楽しんでいた。


それでも、一応は「西日本ライブツァー」と銘打っての旅だったので、気持ちのどこかでは、ライブをしなくては…と思っていた。


国道201号線を経由して3号線に入り、博多駅まで約2時間…九州一と言われる繁華街「天神」エリア、西鉄福岡駅の西側にある警固公園(けごこうえん)は、路上ライブが盛んだと聞いていた。


福岡からは、多くの有名ミュージシャンが出ている。


「歌い人はね」も、警固公園の路上ライブから出たユニットで、豊たちは、少し彼らにあやかろうという気持ちで、その場所を訪れることにした。


ソラリアターミナルという大きなビルのすぐ裏手にあるこの大きな公園は、クリスマスシーズンになると、木々にイルミネーションが飾り付けられ、圧巻の美しさを誇ることで有名だった。


6月のこの時期は、日が長い。


20時ごろまでまだ西の空には明るさが残っている。


人々は、その頃からそろそろと食事に繰り出していくようで、広い公園には人も居なくはないが、どうも散り散りになっていて、まばらに見えた。


「歌ったら、集まってくるかもしれへん…」


と、少年たちは、公園のタイルの上にギターケースを広げて 歌い始めた。


広島 金座街での人垣の印象が少年たちの頭にまだ色濃く残っていたが、何事も思い通りに進むわけではない。


空が、暗さを増していっても、少年たちの前に人は増えなかった。


誰も、居なくなったタイミング(それはすぐにやってきたのだが)で、豊たちは演奏を止めて、引き上げることにした。


「まぁ、思い出作りやからな…」


負け惜しみを多分に含んだヨシヒロの言葉に、豊たち2人はうなづいて、お互いの気持ちをねぎらった。

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