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安本豊360℃ 歌に憧れたサッカー少年 Vol.22「佐賀」

Image by Olia Gozha

翌日は、早々に佐賀へ向けて移動した。


ここでも高速道路は使わず、国道を走った。


385号線は、山道が多い。


止まらなければ1時間半ほどで佐賀に到着する。


佐賀に入ると、運転している豊を交えて、車の中の会話は低いトーンで「むっちゃ田舎やん…」というフレーズの繰り返しになった。


どうしても前日の博多、天神エリアの賑わいと比べてしまう。


山道が終わると、そこから佐賀駅までの道のりはずっと田んぼが続く。


田植えが終わったすぐ後の田んぼは、水をたたえて、青い空を映していた。


やがて、景色の中に店舗が増えてきて、街が現れると、豊たちは車を停めて、あたりを見て歩いた。


路上ライブができそうなところ…3人は暗黙の裡に同じ意図をもって、商店街のアーケードへとたどり着いた。


どこか寂びれて、懐かしい空気の流れる独特の雰囲気だった。


人の動きが、都会より少し遅いような気がする。


夕餉の買い物に来たのだろうか、年配のおばちゃんたちを多く見かけた。


お店の人たちとは、みんな顔なじみのようで、店に入るとしばらく立ち話をしては、また、次の店へと流れて行った


豊たちはしばらくそんな様子を眺めた後、一度、楽器を取りに車に戻り、アーケード街の店舗が閉まる頃を見計らって、再び、同じ場所を訪れた。


案の定、都会と違って、店舗の閉店は早い。


19時頃には、ほとんどの店がシャッターを下ろし始めて、30分もすると、そこは豊たちの為に空けてくれたかのようなステージエリアができた。


それほど人どおりがあるわけでもないアーケード街で、豊たちは、路上ライブを始めた。


2,3人、豊たちの前で立ち止まってくれる人もいて、なんとなく気分が乗ってきた頃、おそらく、演奏のボリュームも上がっていたのだろう、初老の男性が近づいてきて、うるさいと怒られた。


どうやら、ここに住んでいるらしい。


確かに、一日の仕事が終わって、さぁ、寝ようかという時に、日ごろ、聞こえてこない楽器の音がガンガン流れてきては、耳ざわりなものだろう。


「どうも、すいませ~ん。」


豊たちは、頭を下げて、謝り、広げたギターケースを畳んで、アーケード街を引き上げた。


若さに任せてはしゃいだりもするが、そう言う点では、素直で真面目な少年たちだった。


楽器を抱えて、敢え無く車へ戻る途中、風に乗って歌が聞こえてきた。


「あ、あれ…」


カズが公園の入り口を指さした。


豊たちとそれほど年の変わらない少年2人が、ギターを抱えて路上ライブをしていたのだ。


山の中でさまよって、ようやく民家の灯りを見つけた時、きっと人はこんな気持ちになるのだろう…豊は、少し変な例えようだと思いながらも、頭の中で自分たちを「遭難者」として描いていた。


豊たち3人は、公園の入り口での路上ライブの観客になった。


ぼぉ~っとした明かりの街灯に照らされた観客が、それぞれ楽器を抱えていれば、演奏活動をするのだろうという想像はすぐにつく。


少年たちが、打ち解けるのにそれほどの時間はかからなかった。


「へぇ~、兵庫県ね?」


佐賀の少年たちは、ずいぶんと遠いところから来たものだと言いたげに、驚いた。


豊たちは、すかさず路上ライブのできる場所の情報を彼らに求めた。


「はぁ、そんなら~、あしちゃ(明日)、佐賀駅ば行ったらよかとよ。」


豊たちは、佐賀の少年たちにお礼を言って、車に戻り、テントを張って、佐賀の夜に紛れて眠った。


翌朝、前夜にもたらされた情報に従って、豊たちは、佐賀駅を目指した。


佐賀駅は、豊たちが住む街の駅舎よりずっと立派で、バスやタクシーのターミナルも併設されていた。


豊たちは、人の往来の妨げにならないところで、聞いてもらえそうな場所を探した。


ここまでに何度も路上ライブを繰り返してきているので、だいたいこの辺りなら…という見当はついた。


早速、ギターケースを広げて、演奏を始めると、パラパラと人は立ち止まってくれた。


歌の合間のトーク代わりに、聞いてくれているお客さんとの会話を入れるのはよくある事で、この時も、ヨシヒロが、立ち止まってくれたお客さんに向かって「僕たちね、兵庫県から来たんですよ。神戸って知ってます?」などと、話しかけた。


正確には、豊たちの住む街は明石なのだが、ここまで離れると、明石と言ってもわからない人が多いので、東隣の神戸市の名前を出すのが常だった。


神戸市の方が有名なので、致し方がない…。


同じように立ち止まって聞いてくれていた年配のご婦人が、ヨシヒロの言葉を聞いて、「あらぁ、あなたたち、神戸なの?まぁ、こんなところで、神戸から来た人に会えるなんてねぇ。」と、嬉しそうに会話に入ってきてくれた。


若い頃に、神戸から佐賀へ引っ越して来られたのだそうだ。


彼女は、しばらく、豊たちの演奏を聞きながら、時折、関西弁でおしゃべりをしていたのだが、いつの間にか姿が見えなくなった。


帰ってしまったのかと思っていると、彼女は再び、駅に戻って来た。


手には、ミスタードーナッツの細長い箱が入った袋が下げられている。


「まだ、九州、回るんでしょ。頑張ってね。」


と、彼女はギターケースの中に、その袋を入れて、にこやかに手を振った。


「ありがとうございまーす!」


豊たちは、3人そろって、彼女に頭を下げた。


豊たちが、駅に来てから2時間ほど経った頃、ずっと、構内と外を仕切るドアの傍らで見ていた警備員が、豊たちに近づいて来た。


歌いながら、また、怒られるのかなとドキドキしていると、彼は、ズボンのポケットから財布を出して、ギターケースに千円札を入れた。


その顔は、微笑んでいて、豊たち3人は、なんだかとても応援されていると感じて、心から感謝した。

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Image by Jukka Aalho

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