普通のサラリーマンがトレードで成功して自由を手に入れた話
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>「ガメネさん」
ボクは学生時代こう呼ばれていた。
なぜこう呼ばれたのかは明確で、当時メガネをかけていたからだ。
今は、レーシックを受けて、メガネを必要としない生活だが、子供の頃はメガネをかけている事に負い目があった。
そういった気持ちの中、同級生にしつこく
「メガネくん」
こう言われて、ボクは怒り、喧嘩になった事があった。
それから気を使ったのかわからないが
「ガメネさん」
それ以降、ボクは長年こう呼ばれるようになった。意味は変わらないのだが、面倒なのでかまわない事にしていた。
くだらないが子供とはそういうものだ。
ボクが大人になっても子供が嫌いなのは、これに起因しているのかも知れない。
まぁそんな話よりもどこから書いていくのが良いのだろうか?では、ここから書いてみよう。
まずは北の大地にある、クラーク博士が教頭せんせーをしていた、とても校内が広い大学を卒業した。
ボクは工学部だったので、情報処理から溶接まで幅広く勉強した。情報処理は面白かったが、溶接などは全く面白くなかった。モノづくりにはあまり興味がなかったんだろうと思う。
そして、22歳で無事卒業し、そのまま就職で東京に上京し、CMもよく流れている会社でシステムエンジニアとして働いた。
大学時代はプログラムが好きだったので、そっち系統で仕事をしたい事を希望していた。
だが、実際に部署が決まる時に、ソフトウェアとは関係無い半導体の仕事を担当する流れもあったが、何とか希望していたシステムを開発する部署で仕事をする事が出来た。
金融工学との出会いと取引
中学生の頃から慣れ親しんだプログラミングだったが、金融工学にも非常に興味があった。
大学時代、数学とコンピュータが得意だったので図書館で金融関係の本を読み漁ったのが始まりだった
就職してから彼女もいなく友達も少なかったので、仕事以外の時間は全て金融工学の勉強や、実弾での取引に明け暮れた。
仕事で慣らしたプログラム言語(Perl、Ruby )で自動売買プログラムを考えたりした。
今は時効なので言うが、当時Linuxを使い、ヤフーの株掲示板のDateをスクレイピングを行い株の情報を集めて取引したりもした。
こういった行為はアクセス過多になり、容量を食うのでヤフー側からこういったスクレイピングは禁止されている。
結果としては、「株」「為替」「バイナリーオプション」など取引してみたが、鳴かず飛ばずの状態だった。
泣かず飛ばずと言っても年15%の利益が2年続いた。 ちなみに「ゴールデンエイト」と言われる言葉は知っているだろうか?
これは銀行のファンドマネージャーが、1年間に叩き出せる利益8%という数字だ。そして、年間8%の利益を出せれば、敏腕トレーダーとなる目安だ。
しかし、日本のファンドマネージャーで年8%の数字を叩き出せる人はいない。
そう考えると、僕の出した年間利益15%は大したもんだと自分を褒めてしまった。だがボクの場合は圧倒的に元金が少ない。
大手の会社とはいえ、給料はそんなに多くない。一人暮らしをしていたので、最初はボーナスの50万から取引するのが精一杯だった。
2年間少ない金額を行ったり来たりして、65万になる。違う。。。こんなんじゃない。。。金融取引にはもっとハイリターンがあるもの。
貧乏人でも、1年後には億万長者になるような利益。そんな取引をしなけれならない。
そんな気持ちになっていった。。。。
ボクの家庭
僕の実家は普通より少しだけ貧乏な家庭だった。
父親は、地元の小さな建築会社の会社員。
母親は専業主婦。
兄弟は兄が2人の末っ子だった。
中学生の頃から、公立高校、国立大学じゃなければ通わせられないと言われていたよくある家庭だ。
もちろん小学校も中学校も公立だったので、不良がいたり、そこそこ金持ちの息子もいた。
小さい頃から家庭には、お金がないと言われて育ったので、家族で旅行に行ったり、外食したりといった記憶はない。
だから、ゴールデンウィークやお盆や正月には家族旅行に出かけるような、お金がある裕福な家庭生活というのを味わった事がなかった。
高校時代頑張って勉強して、国立大学に行ったのも良い大学にいけば、良い会社に就職し、良い生活ができるといった淡い期待もあった。
だが、いざ会社に入ってみると、給料は普通だ。一般的に見て悪くもないんだろう。だから贅沢も出来ない。
結婚している先輩の生活ぶりも、給料を聞いても普通だ。
ちょっとここは予想外だった。TVドラマなどでは大手の会社員はお金を持っているイメージが強い。
実際に周りの大人たちにも、そう言われて育った。
まぁそんな事はどうでもいいが、僕が金持ちの生活に憧れているという事を伝えたかったのだ。
生活が一変した!
そんなこんなでサラリーマントレーダーを長く続けていたが、そんな生活は2013年1月から一気に変わった。
ボクは億万長者になれるような取引を敏腕トレーダーに教えてもらおうと思った。
だが、そんな知り合いはいない。
ネットで調べても本当か嘘か信用にかけるものばかりだった。
だがそんなある日
を知った。
この一つの取引手法は著名なトレーダーが開発したものだった。
そしてボクはこのトレーダーの事を少しだけ仕事で知っていた。
人を騙したり、バカにしたりする事のない、誠実な人という事は周りの人の話を聞いていたし、ボク自身も実際にそう思った。
だからこの一つの取引手法で勉強する事にした。
この方法で1年間取引をして、フェラーリが新車で買えるくらいのお金を手にした。
そして2014年12月から僕は更に高いステージに移行する。
ぼくはこの
の2つを使う事によって、理想としていた収入と生活を手に入れることに成功した。
この会社を使って大儲けをした人も多いのは言うまでないが、そろそろ撤退するという話も出ている。
実は、今はもう新規口座の開設が出来なくなった業者というのも多い。
そうなってから、口座開設したいと思っても遅いので、口座開設費や維持手数料が無料のうちに開いておいた方が良い。
本当は誰にも言わないつもりだったが、もう取引しなくてもいいくらいのお金を手にいれたのでいいかなと思った。
というか誰かに言いたくて仕方なかった。
ちなみにその2つというのがこれだ。
この2つを合わせるだけの簡単なお仕事だったが、色々考えすぎて、ボクはずいぶんと時間を使ってしまった。
真理というのはいつもシンプルだ。
なぜハイローオーストラリアを選ぶのか?
取引手法は別として、国内、海外で星の数ほどあるバイナリーオプション業者から
なぜハイローオーストラリアを選ぶのか?
その理由は以下の通りだ。
- 短期取引可能(30秒~5分)
- ベット金額が任意
- 出金トラブルがない
- 顧客の資金が分別管理されている
これについて説明する。
短期取引可能(30秒~5分)
国内のバイナリーオプションでは2013年8月1日から、判定時間の間隔は2時間以上となり短期取引が出来なくなった。
詳しい変更内容は以下の形。
・取引開始から判定時刻までの期間(時間)は、当面の間、2時間以上
・原則として、判定時刻の間隔は2時間以上(1営業日に設定できる判定時刻の最大数は12回)
他にもレンジ内外の撤廃、2WAY方式の価格の提示、知識認識テストの導入とあるが、一番の衝撃は判定時間の変更だろう。
その点、ハイローオーストラリアでは、オーストラリア金融庁の許可を得て営業しているので、この改悪の対象とはならない。
よって、短期取引が可能という事だ。
ボクも国内のバイナリーオプション会社で利益を出すのは無理だろう。
ベット金額が任意
これはどういう事かと言うとハイローオーストラリアでは、一回のベットでの倍率はスプレッドハイローで2.0。
1000円をかけて予想が当たれば、2,000円になって返ってくるという仕組みだ。
そして、1000円~1,000,000円(プレミア使用時は1,000,000円)まで好きな金額でトレードを行えるという事。
つまりは一回のベットで5,751円という中途半端な金額でベットする事が可能だ。
当たり前のようだが、これが攻略の糸口となる。
出金トラブルがない
これは、国内の業者ではまず考えられない事だが、海外の業者では出金トラブルの話も聞く。
海外の取引業者には、キャッシュバックというのが存在する。
規定の取引数を行えば現金が返ってくるというもの。
そしてそのトラブルの大半が、キャッシュバックに関するもので、規定の取引数を行ったがキャッシュバックがないという事だ。
ボクのサイトには載せてはいないが、結構あくどい事をやっている業者もある事はある。
金額にかかわらず、大事なお金で取引するので、海外金融庁の許可など、お金の管理はしっかりしている業者を選ぶべきである。
顧客の資金が分別管理されている
ハイローオーストラリアでは、顧客の預けた資金は『分別管理』されている。
さらに『ロイズ保険組合』に加入して、投資家の資金の保全に努めている。
ハイローオーストラリアのデメリットとは?
ハイローオーストラリアのデメリットを上げるとすれば、管理画面の中でテクニカルチャートが使えない事だろう。
この辺りは、他社のツール(MT4など)を使って補う事は出来るが。。
将来的には、ハイローオーストラリアの自社ツールで取引出来るようにして貰いたいものだ。
後は、最低取引単位は1,000円となっているが、100円にして欲しいという声もある。
攻略の本題
まずはこのページを見てほしい
ボクがなぜハイローオーストラリアで大金を手にする事が出来たのか?そのロジックについて書いてある。
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