安本豊360℃ 歌に憧れたサッカー少年 Vol.26「高知・香川」
高知には、豊の母の友人がいて、豊たちを出迎えてくれた。
思えば、西日本ライブツァーと称して明石を出発してから、そろそろ3週間が過ぎようとしていた。
最初はワクワクと楽しかったテントの夜も、こう続くともう感動もなく、むしろ疲れを感じてきていた。
コンビニで弁当を選ぶにも、どれも同じように見えて、いざとなると決められない。
母の友人は、そんな豊たちの救世主となった。
「もう、だいぶ、疲れてきたっちゃやろ。美味しいもん食べに連れて行ってあげるき。」
6月の高知は、アユも美味しい。
エビもウナギもキンメダイも、旬を迎えている。
有名なカツオは、旬でこそないが、それでも充分、美味しい。
豊たちは、最初こそ遠慮をしてみたが、出されたごちそうに箸を延ばした時から、そばで見ているのが気持ちいいほどいい食べっぷりで、平らげた。
路上ライブは二の次で、桂浜や高知城、はりまやばしなどの観光スポットをまわって、高知の旅を楽しんだ。
高知で過ごした2日間で、少年たちの英気は養われ、約1か月に及び西日本ライブツァーの終盤を締めくくるため、香川県高松に向けて国道32号線を北上した。
四国はお遍路さんで有名である。
1200年前、弘法大師が人々の災難を除くために開いた八十八か所の霊場を、今では心に抱く願いや自らの魂の成長、浄化を祈って、辿っていく。
高知から高松までの道のりにもいくつかその霊場が点在している。
霊場の近くでは、白装束の巡礼者も何人か見かけた。
そういえば、豊の居たスペインのラ・コルーニャは、パウロ・コエーリョが書いた「星の巡礼」で知られる、ヨーロッパの巡礼地サンチャゴ・デ・コンポステーラのすぐ近くだった。
サンチャゴ・デ・コンポステーラは、1000年以上の歴史を持つ、キリスト教の三大巡礼地の一つであり、信仰と向き合う巡礼者たちが、フランスからピレネー山脈を越えて1000キロ近い道のりを、約1か月かけて徒歩で旅をする。
松山での、スリ騒動にも、ワールドカップが被っていた。
一見、関連のない出来事が、なんとなく豊の心の中で、サッカーと繋がっていった。
後悔とかいう類のものではなく、今、ライブツァーをしている自分を想うと、サッカーと音楽の織り成す、豊にとっては不思議な成り行きを、ただの偶然と流してしまえないような気持ちになっていた。
国道32号線は、四国の中央で北と南を分断するようにそびえる石鎚山や剣山などの四国山脈を越えて、高知と高松を結んでいる。
山の中を進んで、大歩危小歩危の景勝地を抜けて、高松に到着した。
旅は、終わりに近づいていた。
高松駅前は、以前から何度か訪れていて、ここもミクシィで、お馴染みさんたちに連絡がついていたので、約束の場所に集まってきてくれていた。
高知で、一息ついてしまうと、もうテント生活には戻れなくなってしまった。
高松駅に来てくれていたお客さんに教えてもらって、当時、普及し始めたネットカフェを利用してみた。
シャワーも利用できたし、個室で眠れるのも、安らいだ。
2日ほど高松に滞在して、豊たちは、西日本ライブツァーを締めくくった。
まるっきり無計画にスタートしたが、結局はなんとかなった。
たくさんの人に出会えた。
多くの親切にも、巡り合えた。
トラブルがなかったわけではないけれど、それでさえ、後になれば愛おしい出来事に変わるものだ。
それは、今思うと、本当にすごいことだと思う。
この旅で触れ合うことのできた人たちの中には、今になっても、連絡を取り合うようなつながりもある。
思いの深いこの旅は、豊に多くのインスピレーションをもたらし、豊は、それらを音にのせて、たくさんの人たちに伝えたいと思った。
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