安本豊360℃ 歌に憧れたサッカー少年 Vol.27「2nd LEG」

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「なるほど~…豊が今歌っている歌は、そういうところからできているんですねぇ。」


ギブソンもうなづいていた。


「誰だってそうなんだけど、豊にもそれなりに積み上げられたものがあったのさ。」


ギブソンは、一息ついてから、また話を続けた。


「西日本ライブツァーから帰ってきてから、豊がよく歌いに行っていたのが、ティラー、君が見てきたスロープなんだよ。当時はまだウィンターランドっていう名前だったんだけどね。」


ああ、話がだいぶん、その時見ている現実に近づいてきた…と僕は思った。

 



西日本ライブツァーが終わって、夏が過ぎ、秋が来て、また新しい年が明けた頃、豊は、母から、離婚の話を聞いた。


特に、驚くことでもなかった。


ずっと以前から、豊は、多分、父と母は離婚するんだろうと思っていた。


そのことについて、ショックだとも思わなかった。


この家は、そういう家なんだと思っていた。


父は、和食の板前だった。


父の母、つまり豊の祖母は奄美の出身で、父は九州系の少し彫の深い顔をしていた。


寡黙で、しゃべらなかったが、悪いことをする子をみると、他人の子でも、板場を思わせるどすの利いた声で怒っていた。


板場の仕事は、朝早く夜遅い。


豊は、父とあまり触れ合う時間はなかった。


豊が小学校2年の年の117日早朝、阪神淡路大震災が起こった。


100万人都市神戸は、一瞬で大変な混乱に陥った。


道路は分断され、ビルは傾き、民家は倒壊した。


父は、当時、神戸にあったホテルの和食の板前をしていたが、震災でホテルが存続できなくなり、新たな勤め先を探して、大阪の長居へ単身赴任することになった。


ただでさえ、顔を見る時間がすくなかった父と息子は、父の単身赴任により、さらに関係は希薄になっていった。


もともと人見知りの一面を持っていた小さい豊は、寡黙で、何を考えているのかを推し量れない父の放つ気が怖くて、まともに話せなくなり、自然に父を避けるようになっていた。


そうして、否が応でも別居生活が始まると、父と母の間は冷えていった。


豊には、理由はよくわからなかったが、うまくいっていないことはわかった。


小学校5年になった豊は、「離婚」という言葉こそ思いつかなかったにしろ、雰囲気でそういう事態がそのうち来ることを感じ取っていた。


そして、父の居なくなった豊たち家族は、明石市へと引っ越し、豊は転校したのである。


その後も、小学生の豊は、自分に降りかかる多くの問題をどうにか片付けいくことに、頭も心も使わなければならなかったので、とても親のことまで気にかける余裕がなかった…というのが、正直なところだろう。


父と離れてから、すでに10年以上が過ぎている。


いまさら、離婚だと言って、新しいショックが起こるわけもなかった。


ただ、物理的な距離は、心の距離に変わるものなのだということを、ひとつ学んだ気がした。

             



そんな背景の中で、豊は、誘われるところへはできる限り、歌いに行った。


サイドギターのサポートも頼まれるようになり、音楽場面でのつながりは、どんどん広がって、豊はさまざまなホールやライブハウスに出向いていった。


梅田のライブハウス トラッドも、その一つで、豊は、ここで働いていたスタッフの一人と仲良くなる。


やがて、それが縁で、当時まだウィンターランドという名前だった、後の「スロープ」に出入りするようになった。


豊が20歳のころの話である。


その後の豊は、仕事に忙殺された空白の2年間を経て、マサシからギブソンを預けられることになる。

 



ウィンターランドが、「スロープ」と名前を変えたのは、2015年の2月だった。


店長も店の造りも何も変わらなかった。


礼央も、豊とはまた違う縁を持って、スロープに通っていたので、なんとなくというか、必然的にというか、スロープは、彼らの中で、ホームという位置づけになっていた。


豊と松田礼央の間で、そろそろきちんとユニットを組もうという話が出はじめていた頃でもある。


「ユニット名…どうする?」


2人で話し合った結果、「2nd LEG」とつけることにした。


サッカーのチャンピオンズリーグなどでは、同じチーム同士、ホームとアウェイで2戦する。


LEGには、日程や区間の「一区切り」を表す意味があり、最初の試合を1st LEG2回目の試合を2nd LEGと呼んでいる。


サッカー選手を夢見て挑んだ1st LEGを終えて、音楽という2度目のコートへと踏み出す豊の思いを込めた名前だった。

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