安本豊360℃ 歌に憧れたサッカー少年 Vol.28「スロープ」
2015年の桜を、豊はあまり見た覚えがない。
とにかく、あわただしかった。
と言っても、豊の気持ちの中には、前向きな思いが溢れていたので、そこまで何度となく味わったような、辛い苦みは伴っていなかった。
4月、「2nd LEG」は、いよいよ船出となった。
応援してくれる事務所もあって、話はいともスムーズに進み、「2nd LEG」のCDリリースの話も本格化して、豊と礼央は、すっかり波に乗っていた。
周囲の勧めもあり、豊たちは、ユニット結成の記念として7月には「2nd LEG」の初ライブを企画することになった。
もちろん、場所は、ホームであるスロープで、と、豊たちも決めていた。
こんな短期間に、そこまでできるなんて、と、豊は、運の流れを浴びている感じがした。
記念のライブなので、店は「2nd LEG」の貸し切りとなる。
豊たちは、集客目標50人くらいならなんとか頑張れるかな…と、スロープ側と話し合い、スロープもご祝儀の意味合いを込めてOKを出してくれた。
早速、チケットを作って、2人で手売りを始めた。
礼央は、よく飲み歩いている何軒かの店の常連客に片っ端から声をかけた。
豊も、友人たちをあたり、できる限りは努力をしてみたが、結局、2人でさばけたチケットは、当日になるまで17枚にしかならなかった。
頑張るだけ頑張ったんだから、現れる結果はそのまま受け取るしかない…それが、今の「2nd LEG」の実力なんだし…特に、言葉にしないでも、豊と礼央は、その思いを共有しているとお互いにわかっていた。
オープニングアクトに呼んだ友人のミュージシャンが、ステージに出て、控室に戻ってきたとき、「満員やで。俺、こんな、入ってるスロープ、今までにみたことないわ」と呟いた。
嘘やん…そんなわけないやん…2人で、17枚やで~…
豊と礼央は顔を見合わせて、目でそう話した。
本当か嘘かはすぐにわかる。
2人がステージに上がって、幕が開くと、友人のミュージシャンが驚いたのが納得できる現実がそこにあった。
2人を浮かび上がらせるスポットライトの向こう側には、びっしりと2人を待つお客さんたちが座っていて、大きな拍手で歓迎してくれていたのだ。
この時のことを、僕に話すギブソンからは、豊のことを本当に誇りに思っていることが伝わってきた。
マサシの思いを一段階、叶えた気持ちが、僕にもよくわかった。
夏の日曜日で、お客さんたちにとって、ライブに来やすい日だったのかもしれない。
豊たちの友人が、友人を誘って連れてきてくれたこともあったかもしれない。
どういうわけなのか知りたくなって、ライブが終わった後、豊たちは来てくれたお客さんたちにお礼を伝えながら、その日のライブ情報をどこで耳にしたのか聞いてみた。
どうやら、「あいつら、ユニット組んだらしいで」という噂を聞いて、見に来てくれたらしい。
豊と礼央は、同じミュージシャンのサポートに入っていて、知り合った。
2人がサポートに入ると、音楽がワンランク上がると評判になっている、という話は、聞いていた。
でも、それほど注目されていたとは、知らなかった。
サポートについていたミュージシャン自身も、彼らにはとても好意的で、ユニットを組んだことを喜んでくれたらしく、周囲に「ライブに行ってやってくれ」と広報してまわっていたようだ。
豊と礼央は、心の中で頭を下げた。
何もかもに感謝したい気持ちだった。
結局、集計してみると、スロープでの「2nd LEG」の初ライブは、実に100人の来場者を数えていた。
大成功だった。
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