アホの力 3-17.アホ、営業をする

前話: アホの力 3-16.アホ、次の動きを始める
次話: アホの力 3-18.アホ、準備して帰る
当時のみんな共和国での私の立ち位置は『実行部隊』だった。みんなが口にしたアイデアを実現するために動く人という訳だ。
『お前はそれをするためにみみセンを作ったんだろ?』と言われりゃ、まぁそれもそうだったので(『違う』と言えばちがうのだが)、この立ち位置を受け入れた。
いずれこうした業務を『仕事として請け負う』事で、収入を得ようともしていた
ボブさんのセッションで得た『やりたい事』とはまた別の『やりたい事』だったのだ。
 
『お雑煮フェスティバル』の開催が決まった。早速私は、申請用の企画書とプレゼンテーション用のパワーポイントの資料をつくり、それを手にぞうにぃと一緒に関係各所を回った。市役所、鹿島区にある鹿島区役所、鹿島商工会、飲食業組合、原町商工会議所、青年会議所等々。ここの店舗の勧誘は手分けをし、興味を持ってくれた店舗に私がプレゼンをしに行くという感じで、『お雑煮フェスティバル』の賛同者や参加者を集めていった。
 
そんな中で生きたのが、営業マンだった私の経験だ。店舗へのイベントの勧誘は、言ってみれば『飛び込み営業』だ。これは場数を踏んでないとなかなか上手くは出来ない。私は営業マン時代に飛び込み営業もやっていて、営業先で水をぶっかけられたなんていう経験もしていた。なのでこれは昔凝った杵柄というやつで、勧誘は順調に進んだ。
 
南相馬市は、鹿島区、原町区、小高区という三つの地域がある。それぞれの区はもともと鹿島町、原町市、小高町という、別々の自治体だった。こうした街の御多分に洩れず、鹿島区、原町区、小高区の各区は仲があまりよろしくなく、区の枠組みを超えて何かをするという事は皆無だった。
『お雑煮フェスティバル』は結果的に、そんな不文律を破ったイベントとなった。私はよそ者だ。そんな不文律などよく分からない。分からないままそれを踏み越えたら、それほど怒られなかったのだ。
知らないって怖いね。
 
やる事は、店舗勧誘や各団体へのネゴシエーションだけではない。他にもたくさんのやるべき事があった。チラシのデザイン決めのような専門性の高い事は得意な人にお願いし、他の様々な段取りをバタバタと行っていった。そもそも『お雑煮フェスティバル』の開催が決まったのが10月末、準備期間は2ヶ月しかない。
またもや激烈な忙しさだ。
 
この時期、毎晩のようにみみセンに泊まり込み働いた。金がないので飯も食わずに。

続きのストーリーはこちら!

アホの力 3-18.アホ、準備して帰る

著者の戸田 光司さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。