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アホの力 4-11.アホ、疼き出す

Image by Olia Gozha

脳梗塞で倒れて1ヶ月、急性期の治療は終わったので、リハビリ病院に転院して本格的なリハビリに取り組む事になる。


この頃の私は、写真のような状態である。右半身全体が麻痺し、あるいは筋力が弱っているので、身体が右に傾いている。これでも、倒れた直後の座れない状態からすれば、相当な回復ぶりである。だが、ベッド周りを杖歩行する許可は出たものの、部屋を出てトイレに行ったり、リハビリ室に行ったりする時は依然として車椅子だった。

右手は全く使えなかった。医者からは「廃用手(手としての機能を為さない手)ですね」と言われていた。


さて私の身体は、果たしてここからどの程度回復するのだろうか。


この時点で私には「南相馬に帰る」という目指すものがあった。

その時点から考えてみる…。

仮に1年後に南相馬に帰るとしたらどうだろう。南相馬には、私を介助してくれるような人はいない。介護保険を使えば公的な支援は得られるだろうが、この時点ではそれは分からない。だとしたら、南相馬に帰り、一人でアパートで暮らせる程度になっている必要がある。1年後にそうなっているためには、残りの入院期間(この時点で、残り半年ほど入院が可能だった)で杖歩行や着替え、入浴など、身の回りの基本的な事は出来るようになっていたい。まずは丸まったままの右手の指を、伸ばせるようになりたい。

そこまでの事が見えたら、そこに向けて


『1月後には1人でトイレに行けるようになる』


『2月後には1人でシャツを着られるようになる』


『退院までに、人差し指を伸ばしてエレベーターのボタンを押せるようになる』

といった具合に、具体的な目標を設定する事が出来る。

後はそこに向けて、リハビリのメニューを決め(これは担当する理学療法士や作業療法士と十分話しながら行う)、それをこなしていけば良いのだ。


このように、まず先に物事の到達イメージをつくり、そこから逆算して現在の自分と向き合い、自分の行動を決めていくという思考法を『バックキャスト思考』というのだそうだ。この思考法が理論化されているという事は、退院後に知ったのだが、私は入院しベッドの上で自分と向き合いつつ、我流でこの『バックキャスト思考』を行っていたのだ。


さて、病院というところは、皆さんもご存じの通り、病気の治療をするための場所だ。

つまり、安静に治療すべきところだ。

私の場合、リハビリの時以外は静かにしているようにすべきという訳だ。読書をしたり、ベッド備え付けのTVを見たりしながら過ごす。ほぼ丸1日行っていた自主リハビリも、なるべく静かに行うようにしていた。

しかし…何せ退屈なのだ。

確かにリハビリが面白くなってきたとは書いたが、そうは言ってもリハビリにエンターテインメント性は無い訳で、退屈な事はどうしようもなかった。


この時期は、当初の『死んでしまいたい』という気持ちは消えていた。けど、当然ながら病院でウキウキしながら過ごしていた訳では無い。

何か刺激が欲しかった。

談話室で他の入院患者と話しているとたいてい自分の『病状自慢』の話になる。『私はここが動かないのよ』『私はここが痛いのよ』『私はつらいのよ』…。

こうした声をうんうんと傾聴していたのだが、ふとこんな事を思った。

『この人達の辛さを吹き飛ばすには、どうすれば良いんだろう』

自分自身の退屈さもあって、何か良からぬ虫が私の腹の中で疼き出した。


さて…この疼きをどうしてくれようか。

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