ダイアログインタビュー ~市井の人~ 井上禄也さん6

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著者: 戸田 光司
インタビュー日時:2016年11月11日 12時00分~16時00分
インタビュー場所:南相馬市立図書館内 喫茶「Beans」
天気:晴天
◎社員満足=現場を知る事
 
 ――結構時間が経っちゃいましたけど、時間は大丈夫ですか(この時の時間は午後2時。インタビュー開始から1時間半近く経過している)?
 
 井上:大丈夫ですよ。四時半頃からライン(生産ライン)に入らなきゃならないんですけど。
 
 ――ラインに入るんですかぁ。お疲れ様です!
 
 井上 ラインは結構楽しいですよ! というか、現場を見てないと不安ですよね。何が起こってるか分からないと。うちはそれほど大きな会社じゃないし、現場で何が起こっているかであるとか、現場の従業員がどんな感じで仕事してるかだとか、そういう部分を見なきゃならないと思いますし、見ないと不安ですよね。それに、黙々と作業をやったら「無の境地」にも入れるし。

――「無の境地」ですか。

井上 はい。会社をやっていると考えるべき事がいっぱい出てくるんですけど、机の上で考えても、いいアイデアって浮かんで来ないし。

――考えるべき事ですか。例えばどんな事ですか?

井上 色々あるわけです。新商品はどうなるかなとか、経営状態の説明に来いと言われてるけど、どうしようかとか、牛乳の入札があるけど、いくらで出そうかなとか。とにかく色々あるんです。

――なるほどね。そういった業務の実務上の事は色々あるでしょうね(ちょっと無粋な質問だったなと後悔している)。

井上 実務上の事もあるし……「不景気になった時にどのような立ち振る舞うべきかな」とか「どういう仕事を請けていったら良いかな」とか「どうやって人員確保しようかな。人員確保出来なかったらどうすれば生産性が上がるかな」とか…とにかく色々あるわけです。そういった事って、机に向かって考え込んでも駄目なんですよね。でも現場に入ると、目の前に流れてくるものを製品化する事に集中するわけですから、その事だけ考えれば良いという楽さはありますね。そんな感じで集中して作業していると、パッとアイデアが閃いたり、頭の中が整理されたりするんです。だからたまにラインに入るのは良いですね。そんな中で社員とちょこちょこ会話しながら作業したりしていると、情報が廻りやすくなるんですよ。問題が発生しても、社長がその場にいるんだから隠しようがないですし。とは言え僕は全てを自分で管理しようと思ってはいないんですけどね。何か問題が起こっても、部下がきちんと処理出来れば良いわけですから。

――なるほど。

井上 現場を改善して楽をさせたいと思っても、現場を知らなきゃ何がきついか分からないじゃないですか。うちはパートさんもたくさんいるんで、現場から直接声を聴けるって大事なんですよ。現場を楽にしてあげれば効率も上がるし、不良品も減るし。ラインに入るって、そんな感じで色々と良い事があるんです。現場には色んなネタが転がってて、楽しいと言えば楽しい。それに実はね、パートさん含めて私が一番箱詰め作業が早いんです(笑)。その辺はしっかり見せつけてあげないと(笑)。

――あはは! そういうのを見せるのは大事ですね(笑)。よく「無駄を省く」ということを言うけれど、どこをどう省けば良いのかは、やってる人じゃないと分からないということですね。

井上 そうそう! 従業員を大切にしようと思っても、大切にするためのネタは現場に転がってるわけで、それを現場で拾っていくんです。その上で、従業員の給料をもっと上げられれば良いんですけど。

――給料の話は簡単じゃ無さそうですね。

井上 うちは色々なところの下請けをやっていて、技術の蓄積はある。全国どこに出しても恥ずかしくない技術はあるんです。そういう全国レベルの仕事をしている従業員には、全国レベルの給料を出してあげたいですね。

――この地域って給料の水準は他の地域と比べて安いじゃないですか。給料を上げるのも難しいでしょうし。それにこの地域って、「商売で儲けるのはあまりよくない」みたいな雰囲気もあるじゃないですか。商売っ気があまり無いというか、モノの値段はやけに安かったりしますし。

井上 「商売で儲けるのはあまり良くない」ですか? あんまりそんな空気は感じないですけどね。商売っ気を出してるところも結構あると思いますよ。商店はそういう店もあるのかな。

■ この辺りの感覚は、関東から来た私の主観的な思い込みなのかも知れない。ちょっと郷愁を感じられる街並みから、私がそうした感じを表面的に感じているだけなのかも。

――地方都市型の商売とでも言うのかなぁ。利益よりも共存みたいな感じはあるように思いますね。

井上 でもヌルいですよね(苦笑)。それに共存といっても、全体で協力して盛り上げようという機運が無いかな。

■ この時の会話から、「ものの見え方は人それぞれ」なんだなと思った。同じこの街を見ての話なのに、井上さんと私では評価が違う。私の場合、南相馬に来るまでの自分の身の周りに無いものがこの街にあり、それを求めて南相馬に移住してきたという事もあって、南相馬の色々な部分がとても魅力的に見えている。しかしこの街で生まれ育った井上さんにしてみればそれがマイナスに見えていて、恐らく私の暮らしていた県外の景色が魅力的に見えているのだろう。とはいえ、井上さんと私で視点が違うのは当然だ。この「視点の違い」という事に注意すれば、この「何かちょっと噛み合っていない会話」も理解出来る。今の環境を乗り超えたいという立場と、他の環境からやってきた立場では、視点は違っていて当たり前。そしてその「視点の違い」の中に、この街をより良くしていくネタが転がっているように私には思える。
~つづく~

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ダイアログインタビュー ~市井の人~ 井上禄也さん7