スタートライン 23

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恩人ってみんな何人いるのだろうか?
 それなりに生きていたら、一人や二人は誰もがいるだろう。僕もいる。例えば、独立した時についてきてくれた元スタッフのミサキだ。急遽前の職場をやめる時、同じタイミングでやめて一緒に店の立ち上げに入ってくれた子だ。やめると決めた時、最初は一人で独立する考えしか僕にはなかった。同じ業種で、それなりの経験とそれなりの立場にいた事もあって少しはうまくいく自信があったが、それでも絶対に成功するかなんてわからなかった。オープンして数ヶ月で潰れるかもしれない。何の保証もない。やめずに留まる方が客観的に見て良いに決まっている。自分もそう見えるだろう。ただ自分は留まる事はちっとも良くなんかなく、リスクでしかないとわかっているから独立を決めた。けれどその子は僕ではない。もし可能であれば、誰と独立したいか?と聞かれたら真っ先に思い浮かぶ子ではあったが、一般的な安定から遠退く選択をさせたくなかった。
 しかし、その子はこちらにきてくれた。安定を捨てた。移る前に、「給料は今より下がるし、休みも減るし、雇用条件は悪くなるし、努力はするが成功するかはわからない」と伝えたが、それでも同じ道に進む方を選んでくれた。喉から手が出る程きて欲しかったから嬉しかった。
 一応説明を加えるが、これは引き抜きには当たらない。何故ならば、在籍していた店のトップに先に「連れていっていい」と言われたからだ。その経緯などは僕がやめた理由を含めてもう言いたくない。僕の視点もあれば、向こうの視点もある。それに、もう一切関わりたくはなかった。それよりももう未来を僕は見ていたい。

 目を閉じると、起業時に一緒になって備品を買いに行ったり、何もない空の店舗の中で机や椅子を組み立てたり、海に行ったり、色々考えたりといった日々がすぐに映像として出てくる。
 結婚してやめていったが、結婚の報告を受けた時や、結婚式で祝辞をして凄く緊張してしまった事など、その子との思い出がありすぎる。数年だが、濃い時間であった。
 あの子の努力がなければどうなっていたのだろう?どれだけ助けられただろう?いくら感謝しても感謝しきれない。店を心配してやめるタイミングを考えていた事を知って、申し訳ない気持ちでいっぱいにもなった。最後まで店の事を考えてくれた。この子を恩人と言わず、誰を恩人と言えようか。年が下とか部下とかなんて関係ない。紛れもなく、僕と店の恩人だ。

 やめてからも、人と人を比べるのはよくないし、比べるべきではないと頭で理解していても、他のスタッフとつい比べてしまった。他のスタッフも精一杯頑張ってくれていたが、もうその子みたいな人材は来ないと諦めていた。
 そしたら、ユイが働いてくれる様になった。ユイも前の職場で一緒に働いていた後輩だ。仕事への姿勢や天性の明るさなど、ミサキと同じ魅力を持っていた。僕らがやめてからもユイはそこで働き続け、松田と同じく、もう一生一緒に働きはしないだろうと思っていた。松田とかずが入ってくれた時にユイも入ってくれないかなと一瞬考えたが、それは不可能だろうと話していた。
 しかし、今はこうして同じテーブルで酒を飲み交わしているから、人生ってわからないものだ。

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