安本豊360℃ 歌に憧れたサッカー少年 Vol.36 「回遊魚」
2018年を目の前にして、2ndLEGは、最後のCDとなる「回遊魚」をリリースした。
3月には、同じタイトルで、チキンジョージのワンマンライブが決まっていた。
何もかも、2ndLEGの活動休止を決める前の話だったので、方向の調整が必要になった。
2ndLEGの活動をバックアップしてきてくれた音楽会社にとっても、応援してきてくれたファンたちにとっても、2ndLEGの活動休止発表はあまりに突然だと感じられたので、どういうことかと混乱していた。
当然だろう。
豊も礼央も、外向きには取り繕って来ていた。
決して嘘をついて、人を欺いたつもりはない。
傷つけたり、不快にさせるようなことがあってはいけないと気遣ってきたと思っていたのだが、そのことが刹那的で、自分たち自身で収拾のつかないこういう事態を招き、説明や弁明がさらに混乱を大きくすると恐れたことが、数々の誤解を生んだとも言えなくはない。
自分たちの姿勢をはっきりと外側に向けて明確に示せなかったことを、2人とも本当に申し訳なく思っていた。
「回遊魚」というタイトルは、2人で外に飛び出して、一回り大きくなって戻ってくる…という意味でつけたものだった。
ユニットを解散することを決断したこの時点で、その意味合いは少し違ってきていた…と、僕は思っている。
おそらく豊は、「2人で」という言葉を、「2人がそれぞれ」という風に置き換えているだろう…僕はそう思った。
それから1年経たずに、豊がまさに「回遊魚」という曲を作ったとき、僕の推測が正しかったと証明された。
豊と礼央は、2人で同じ道を歩いてきた。
解散して、それぞれが別の海を泳いでいく。
2人でいた時のことを振り返って、寂しくなることもあるだろう。
でも、豊が立ち止まれば、礼央は先に進んで、2人は出会うことはない。
礼央が立ち止まった時も、豊が進んでいれば、同じことだ。
2人が同じように進んでいたら、やがて会うこともある。
それは、豊の覚悟であり、決心だった。
本当は、活動休止を決めた時に、作りたいと思ったのだが、結局、完成するまでに10か月かかってしまった…この曲ができた時、豊は、僕を膝の上にのせながら、そう呟いた。
2018年に変わってすぐ、豊と礼央は、音楽会社の後押しで、CD広報を兼ねた「回遊魚ツァー」で、東京へ行くことになった。
女性3組のバンドのライブに、2nd LEGが1組入って演奏するという企画だった。
もちろん東京のお客さんたちは、2nd LEGなど知りもしなかったのだが、ステージに出て、僕たちが演奏すると、その反応はとてもよく、純粋に歌を気に入ってくれて、CDも驚くほど売れた。
楽屋に戻ると、豊と礼央は、なんだか奇妙な気持ちで、顔を見合わせた。
「俺ら、なんで活動休止せなあかんねんやろ?」
「2nd LEGだから」でもなく、「豊と礼央が頑張っているから」でもなく、見も知らない、名前すら聞いたことのないユニットの音楽を、ただただ気持ちよく響いてくるという理由だけで、東京ライブのお客さんたちは、2人を受け入れ、高評価をくれた。
これが欲しかったんだ。
これが求めていたものなんだ。
豊は、自分の前に一瞬現れた事実を、神が見せてくれた理想の世界のように感じた。
いずれにしても、2nd LEGに一本通る「何か」がなければ、この理想もやがてこれまでと同じ道を辿ることは、目に見えていた。
でも、その「何か」が何なのか、豊も礼央もわかったような気がした。
掴み切れてはいない…しかし、どこを探していいのかすらわからなかったものが、その時、ぼんやりとでも、彼らに方向を示していた。
「活動休止」…確かに、そうするしか道はないとわかっていたのだが、目の前のお客さんたちは、豊と礼央の理想をくっきりと形に表した状態で彼らの音楽を楽しんでくれていたので、そんなわかりきったことをまた繰り返して口にしてしまったのだ。
ここに来て、活動休止を決めた後に、こんな時になって…2人は、口惜しさに、後ろ髪を強く引かれながら、東京を後にした。
3月になって、神戸のライブハウス チキンジョージで2nd LEGのワンマンライブを開いた。
「回遊魚」というタイトルだった。
これが事実上、活動休止ライブとなった。
このチキンジョージのライブを終えた翌日も、後夜祭と題して2nd LEGを惜しむライブは行われたが、豊と礼央は、チキンジョージでの「回遊魚」ワンマンライブをもって、2nd LEGに区切りをつけた。
ワンマンライブの3日後、2nd LEGは、名実ともにその活動を止めた。
そして、2匹の回遊魚は、そこからそれぞれ別の海へと泳ぎだしていった。
2018年3月15日のことだった。
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