省エネ転じて福となす 3.1.1 五体満足の体 (1)自律性

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五体とは「身体を構成する五つの部分、すなわち筋・脈・肉・骨・毛皮、または頭・両手・両足、あるいは頭・頸・胸・手・足の称。転じて、全身」です。何の不自由も無い五体満足の体に生んでもらったのですからその五体を満足行くように使って仕事をしなければいけません。

健康で特に問題をかかえていない人間はそれらを当たり前と感じてありがたさがわからない場合が多いと思います。私もそうです。もし手が不自由だったら、もし目が不自由だったらなどと真剣に考えることはあまりありません。テレビなどで体の不自由な人が信じられないように高度な研究をしている姿、ハンディを乗り越えて自活している姿を見ると、自分自身の甘えた感覚、感謝しない麻痺した感覚を思い知らされます。機能が著しく失われる前にそのありがたさに感謝しなければいけないと思います。

 歯痛になって初めて、おなかが痛くなって初めて、足の骨が折れて初めてそれらの存在とありがたさがわかります。私は昨年57歳で中国・四川省への出張中に血尿を自覚し、前立腺癌の疑いが生じました。そこで58歳の誕生日になる前、2005年3月1日までに疑わしきを取り除き、還暦年齢ではもっと健康な体になることをめざして検査入院、手術入院で約30日を病院で過ごしました。おかげさまで癌の疑いはなくなり、他のいくつかの不具合も治療していただき、快調な生活が戻ってきました。

この経験からも、少なくとも五体満足の状態を社会の迷惑になる行為、例えば騒音をまきちらして疾走する暴走行為、自我を失うほどの飲酒、極めつけは満足な五体を自ら破壊するような自殺行為、これらは厳にはつつしまなければいけないと思います。

 五体満足で仕事をする場合に精神的な心構えというか、考え方について私は自律性と自立性も大切だと思っています。自律とは自らを律すること、自分で自分の行為を規制すること、外部からの制御から脱して、自身の立てた規範に従って行動することです。自立とは他の援助や支配を受けず自分の力で身を立てること、ひとりだちです。五体満足な体に自律性と自立性を備えて等身大で仕事ができれば幸せな人生になる、と思っています。

自律性について自己流にもっと具体的に考えてみると以下のようになります。

1)何をしたいか → 何ができるか

 何かをしたいと訴えるよりも、何ができるか、またはしたいことができる状態に自分を高めてゆくことを優先したいものです。国連で働きたいと思う場合、国連で働くための条件をクリアすることが先決です。

2)協調・妥協 → 協調・個性

 妥協が心ならずも外部からの力や支配への服従が含まれているなら、一時的には良い結果を生んでも、根本的な解決に至らないことになると思います。個性やそれぞれの考えを尊重して協調できる形になることが望ましいと思います。ある一つのプロジェクトを推進する時に、大きな会社に不満をもって在籍して参加するよりも、個々の小さな会社を立ち上げて、緩やかな提携により仕事をすることをお薦めします。

3)残業・サービス労働 → アフター5の自己管理・自己研磨

 日本は経済的に世界において正当に評価されていません。現状の為替レートは経済実体を反映したものではありません。生活レベルが経済的指標とかけ離れています。これらの原因の一つは日本的労働慣習の悪い面である「個を伏せて全体に奉仕する」、「社員の権利を放棄してまでも会社全体のためにサービス残業で奉仕する」という考えによると思います。サービス労働は長い目で見れば、世界の中の日本という見方をすれば、決して良い結果は生みません。会社が社員個人を徹底的に保証することは考えられませんので労働契約に従った節度ある労働関係の元で権利は権利として主張する態度が必要です。サービス労働する時間があれば自らの将来を見据えて自己投資として会社以外の方々との付き合い、ボランティア活動、資格取得などを行ったほうが企業のためでもあります。従業員として退職後の就職先まで頼りにしていはいけません。退職までに自立を完了しておいて下さい。最後の最後、退職後の就職先まで頼りにされる企業もたまったものではありません。労働の仕方に自己規制をして企業と従業員はお互いに自律と自立を心がけなければいけません。

4)会社至上主義 → 社会的・個人的使命重視

 戦後の日本は敗戦国として、繁栄するアメリカを見て一丸となって、企業と従業員が協調しあって貧乏を脱出し、豊かな生活することを目指しました。終身雇用制度もある会社に絶対的忠誠心を持つ従業員は個人としての自分や自分を支える家庭をあまり顧みませんでした。いわゆる会社至上主義が昭和40年(1965年)くらいまでは支配的ではなかったでしょうか。もちろんその良い面は正当に評価されなければなりません。しかし、同じ価値観、同じ手法はいつまでも続きません。時代は常に変化しています。この変化に価値観、主義、考え方が対応できなくなり日本は20世紀の最後の10年をつらい時期として歴史に残しました。労働集約的仕事は賃金が安く、手先の器用な国々にシフトするという全地球的な労働分配法則は誰にも止めることはできません。

 会社至上主義の産物であるサービス労働は20世紀までの形態です。21世紀のこれからは社会的・個人的使命がますます重視される時代です。個人、企業、地域社会のそれぞれが自律と自立を求められる時代です。要するに自分のことは自分の力で自分の責任においてやれ、ということです。この考えが他との協調を無視すると同義でなことは明白ですが、自律と自立した個が自律と自立した社会を形成するには協調が不可欠です。

5)おい、お茶 → お茶をありがとう

 人間は大きな組織、企業に入り、また組織の中でその位が上がると自己の力を実力以上に過大自己評価し易くなります。時には横柄にもなります。小さな組織や会社、部下を見下し、命令しても当然と思い始めます。受けるサービスや対応に何の感謝の気持ちも無くなることがあります。小さなことですが、お茶を運んでくれた人にありがとうの言える気持ちを忘れずに、入社した時の初心、事業を始めた時の初心を忘れないようにしなければ社会、会社、家庭の粗大ゴミになります。




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