沖縄の高校生の学力って誤解されているような気がする(12)

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12、では、頑張ることのできる高校生とは

 

 不透明な自分の未来を抱えていても、学ぶことに意味・価値・喜びを見出している高校生はいます。

 それは、大学で学ぶことを決めている高校生です。

 もちろん、それが将来の職業(教員、公務員、医療関係)と重なっている人もいます。

 ただ、将来の職業は明確でなくても、例えば数学・物理学、教育学、歴史、文学、経営、心理、マネジメント・・・などを学びたい、知りたい、探究したいという気持ちを持っているのです。


 例えばですが、沖縄の課題の一つに「水」があります。

 この課題を突き詰め、解決を導くことをアツく語る高校生がいます。そして沖縄を暮らしやすく、もっとハッピーにしたいということです。

 そのために大学では何を学ぶか・・・で、A君は「経営学」、B君は「物理学」、C君は「海洋学」を選択しました。「その先」はと問うと、「いろいろな選択がある。大学に残って研究もあるし、県庁職員もある。水道局に専門職として入ることもあるし、久米島でやっている海洋深層水の事業に参加するかもしれない・・・」というわけで、「職業」は不透明ですが、「立場」は明確なんですね。こういうタイプの人は、この先の出会いと偶然、そして本人の能力と意志とで未来が拓かれていくと思います。

 

 ただ、高校生のこうした未来感覚、キャリア意識は、「将来の職業から逆算する現在の進路指導」の感覚からは理解が難しいもののようです。ですから、「よく勉強するし、成績も良い」という評価の一方で「意識高い系高校生」というちょっとディスられる評価になります。なかなか難しいですね。

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