もう1度、やるしかなかった21の春

前編: 自分が場面緘黙症だと分かったのは20
後編: 自分がどこかへ消えていると気付いた、22の秋

震災のとき、ちょうど面接の準備をしていました。


3月11日のお昼過ぎ、私は準備をしていました。
またあの仕事(風俗)をしようとしていました。
やはり、家賃も払えず、毎日を暮らすのに罪悪感が半端なかったからです。

正直、待ち合わせの時間に起きてしまい、メールで、これから準備します、すみません!と送って準備をしていた最中…


すごく激しい揺れがあり、モノが倒れないように押さえていました。
そして時間がなかったので急いで準備しているとTVからすごい映像が続々と。
1000人、2000人と増えていく死者。
これは何を表しているんだろう、私にどんなメッセージが秘められているんだろう、とドキドキそわそわしましたが、約束してたので面接へいくため駅へ行きました。

すると、電車が止まり、携帯も電波が届かない状況でした。
その日は結局ずっと電車が止まっていて、次の日ようやく再開したようです。

残念だと思いながらメールをすると、また今度落ち着いたら、ということで終わりました。


すると、何日か後、別の人(おなじ会社の)から連絡があり、面接することになりました。

家は契約終わるので、その会社の寮に入ることになり、私は千葉の松戸から通い始めました。(いま思えば放射能が風に流されよくきているとTVで噂の場所です)

しかし、喋れないのは変わらなかったので、また痛い日々は来てしまいました。
寮の規則により、週5日の出勤だったので、余計にそれはすぐ来たのでしょう。

前回同様、楽しく充実していたものの、精神的にも身体的にも痛みからは逃れられず、結局今回も4ヶ月ほどでやめました。


そのあと、友人の家に一緒に住むという話でしたが、直感的にやめて、直前でネットで知り合った人と付き合うことにして、暮らし始めました。

ドタキャンのようなことをしたので、すごく責められましたが、自分の気持ちに正直になっただけなので、私は罪悪感を抱えながらも、やり過ごしました。

ですが、その約1年後に気付くのです。


続きのストーリーはこちら!

自分がどこかへ消えていると気付いた、22の秋

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