私を助けたもの 予備校生活

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高校生の頃,思いかけず,大学試験に落ちた。
今思えば,無謀だったのだが,私は自分の学力の6割くらいで合格できるところでもいいという気持ちで,ここなら必ず合格するという志望校を決めて,併願は一切しなかった。絶対間違いないと思った受験だった。信じられない,名前でも書き忘れたのではないかと思った。
予備校を決めるため行った,3月の誰もいない冷えた高校の廊下をよく覚えている。

今思えば恥ずかしい話だが,18歳の自分は,何もかも失ったような気持ちだった。ああ,どうにもならないこともあるんだなと初めて痛感した。段々季節が春に向かっていくと,自分だけ冬に置いてけぼりになったような気持ちになった。
大阪の予備校に行くことが決まり,親と来年の話になったとき,私は生活費はバイトでもして賄いたいと話した。別に,償いのような気持ちから起こったわけではなく,今から思えば自分のちっぽけな見栄からだった。初めての一人暮らしで,どうしたらいいかなんて全くわからなかった。
普段はおとなしい父親が声を荒げた。「ふざけるな!!」
「バイトなんかして,自分の勉強はどうするんだ!・・お金のことは心配するな,お前は一生懸命やれ」
手前味噌な話なのだが,お金のことは心配ないと言ってくれたことはとても有り難かった。でも,それ以上に,こんな情けない消えてしまいたいような自分のことを,この人たちはまだ信じてくれていることに,私はふるえて言葉も出なかった。情けない話だが,このとき初めて親を一人の人として心から尊敬し,感謝した。
引っ越しの荷物を積んだ車でもうすぐ廃線になるフェリーに乗って,甲板から生まれ住んだ町を見たとき,何だかもう故郷には戻らないような気がした。そうして私の予備校生活が始まった。

予備校

予備校生活は最初は慣れなかった。まだ落ちたショックは残っていたし,すぐに学習のペースに馴染めるわけもない。また,予備校生は学生だが,学生ではなかった。通学定期が作れないと知ったときは,少し驚いたし,自分の立場の危うさに怖くなった。
予備校にはいろんな学生がいた。
何年も医学部や難関校を受験している人,大学生なのに違う進学先を目指す仮面浪人,社会人になったけど学歴が欲しくて学生に戻った人。途中で遊びに溺れて退学になった人や,思いがけず妊娠してしまい実家に帰る人もいた。
高校の時には,全く出会わなかった人たちに触れて,私は危うさと同時に,不思議な自由さを感じていた。ただ大学に行けばいいとだけ考えていた高校生のころと,気持ちは変わっていった。自分で考え,選び,そのリスクと責任を取る。それが大切なことだと思うようになった。
それに,予備校には自分の寄る辺のないぽっかりした気持ちを,同じように共有する学生たちがいた。
予備校生活には場末感というか,隔離された中の不安と自由があった。その生活を共にしている人たちと,プチ人生論のようなふわふわした話をしていると,心はそのときだけ少し解放された。実際,遊びも隠れて結構していた。
そんな生活をしながら,段々と季節は秋になっていき,一年前取り残されていた冬がまた巡ってきた。ああ,またチャンスはやって来るんだと思った。どうせなら一発頑張ってやろうかという気持ちが少しずつふくらんで,勉強にも力が入っていった。
そして,二年目の大学受験が始まった。

受験

志望していた大学試験の日は今でも忘れない。
3教科あって,最初が数学,そして英語国語と続く。私が得意なのは数学なので,数学で点を稼いで逃げ切るイメージでいた。
しかし,数学の解答用紙を回収された直後に,取り返しの付かないミスをしていることに気づいた。数学は問題数が少ないので,ミスによる点数の変化が激しい。
落ち込んだ。昼休憩になったのだが,食欲が全く沸かなかった。男子トイレに行って,そこの窓からぼんやりと空を見た。
ああ,今年もこんなことになってしまった。折角1年何とかやってきたのに,ここぞってときにまた同じことをやってしまった。私は結局ダメな人間なのか。情けない。
かばんから,家族や友達からもらったお守りや手紙を出した。この人たちにも随分応援してもらったのに,本当に申し訳ない。でも,もう取り返せない。立ち直れない。そう思った。
そのときだった。ちょっと待てよ,と思った。
情けないとか,立ち直れないとか言っているのは,所詮私のことじゃないか。それで,応援してくれた人に報いることは出来るのか。
必要なのは,今やれることを精一杯やることじゃないのか。合格はできないかもしれないが,応援してくれた人に,最後まで精一杯やることができました,ありがとう。そういうべきじゃないか,そう思った。
私のためじゃなくて,私を支えてくれたみんなのために。そう思えたら,沈みきった体に力が段々戻ってきた。最後までやろう。やりきって,心から感謝しよう。
何とか試験が終わった。
合格発表の日。思いがけず,私の受験番号があった。
合格した嬉しさというより,ぽかんとして現実を受け止められない自分がいた。あの間違いでは,確かに落ちていたはずだ。そして,トイレでの出来事を思い出した。
あのとき,ギリギリのところで,自分のためじゃなく,みんなのためにと思ったから,最後までやることができた。あれがなかったら,ダメだった。
私の合格は,私を支えてくれたみんなに贈る合格だったし,みんなの合格だった。自分がつかみ取ったものではなく,与えられたものだった。不思議だ。勝ったというより,何かに選ばれたような感覚。
そんな一年の予備校生活だった。
・感謝すること
・自分で決めて,背負うこと
・相対化すること,一つにしないこと
・自分ではなく,みんなのためにやる力のこと
・運命に選ばれること

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私を助けたもの 大学一年生

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